米国債の格下げは、赤字増大には代償が伴うことへのリマインダー
三大格付け会社の1つが、12年ぶりに世界最大の国債発行体である米国政府から、最上位の「トリプルA」の格付けを剥奪しました。格付け大手フィッチ・レーティングスの今週の動きは象徴的に重要であり、市場にも実務的な影響を及ぼしますが、PIMCOではそれが米国債の大規模な売りや投資家の行動の短期的な変化を引き起こすとは予想していません。
重要な点として、今回の格下げが米国政府の健全性に関する新たな重要情報を反映したものだとは考えていません。米国債は引き続きリスクフリー資産のベンチマークであり、世界の金融市場全体の基準点であり続けます。また、今回の格下げが、米連邦準備制度理事会(FRB)のインフレとの戦いにおける利上げサイクルの規模やスピードに影響を与えるとは予想していません。
金利リスクの指標である米国のデュレーションについては現時点で概ね中立であり、今後もPIMCOが考える適正価値のレンジに基づいてデュレーションのポジショニングを引き続き調整していく方針です。
格下げ、再び
フィッチは、2023年8月1日に米国債の格付けを最上位の「トリプルA」から「ダブルAプラス」に1段階引き下げした理由として、主に以下の3点を挙げています。
- 今後3年間で予想される財政悪化
- 高水準かつ増大する一般政府の債務負担
- 度重なる債務上限問題での政治的膠着と土壇場での決着に明示される、格付け同等国との比較における過去20年間の相対的なガバナンス低下
フィッチは5月に米国債を格下げ方向で見直すと警告していましたが、これは議会が6月に債務上限合意に達する前のことでした。
2011年には、やはり格付け大手のS&Pグローバル・レーティングスが、米国の債務上限問題の膠着を受けて、同様に米国債の格付けを最上位の「トリプルA」から1段階引き下げました。興味深いのは、当時は格下げが米国債に対する投資家の需要の増加につながり、利回りを押し下げ、経済の不確実性が高まる時期に頼るべき資産クラスとしての米国債に対する認識が裏付けられたことです。
第3の大手格付け会社のムーディーズは、米国債の格付けを「トリプルA」で維持しています。
経済、政策への影響
米経済は年内の減速が広く予想されているものの、直近のデータでは米国の景気後退の可能性が疑問視されるようになっただけに、今回の格下げのタイミングは目を引きました。予想を上回る第2四半期の国内総生産(GDP)データに集約されている通り、FRBが政策金利を引き上げインフレ圧力が緩和される中、足元のデータは米経済に予想以上の強靭性(レジリエンス)があることを示唆しています。
PIMCOでは、銀行貸出の抑制、金融政策の遅行効果、財政の逆風により、米経済は2023年後半に減速するとの見方を継続しています。しかしながら、足元で成長の勢いが強まり、銀行セクターの逆風は収まる可能性があることから、短期的な景気後退の可能性も低下しているとみられます。
今回の格下げ以前からPIMCOでは、経済状況の如何にかかわらず、追加の財政出動の余地は限られるだろうと予想していました。より広く言えば、現在の対GDP比での債務水準を踏まえると、向こう5年の財政政策は政治的にあるいは金融市場によって歯止めがかけられ、今後、景気後退を財政出動で緩和する余地も限られるだろうとPIMCOではみています。(詳細は、PIMCOの最新の長期経済展望「アフターショック経済」をご覧ください。)
市場への影響
今回のフィッチの格下げは、静かに眠る財政赤字と債務の持続可能性に関するリスクが一度顕在化すると、懸念を引き起こす可能性があることを思い出させる、リマインダーだと言えます。特に財政および金融政策による支援余力が低下していることを踏まえると、これは市場にサプライズを引き起こし、ボラティリティを高める可能性があります。
長期的には、ドル安、債券利回りの上昇、利回り曲線のスティープ化につながることも考えられます昨年の英国での債務連動型運用(LDI)危機も同様に、財政の安定性に対する懸念が急速に高まりうることを思い出させてくれました。英国は長期的な財政問題における(いち早く警鐘を鳴らす)炭鉱のカナリアと言えるかもしれません。
増大する米国の借り入れを賄うため、米財務省は今週、2年以上ぶりに四半期の国債発行額を増額すると発表しました。これが投資家のさらなる懸念材料になり、債券利回りを押し上げることも考えられます。
今のところ、ボラティリティは柔軟性を維持し、市場のバリュエーションがオーバーシュートした時に好機を活かすことができる投資家には恩恵をもたらすことができる可能性があります。格付け会社の見解や格付けは重要ですが、PIMCOでは独自のクレジット・リサーチを継続的に実施しています。米国の経済指標が改善したことは認識しつつも、根強いリスクとマクロ経済の不確実性を鑑み、強靭性のある資産の保有に重点を置いたポートフォリオを構築しています。
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