2020年マクロ経済七つのテーマ
要約
- 景気後退のリスクは低下しており、PIMCOでは年内の世界経済の緩やかな回復を予想する基本シナリオに自信を深めています。
- しかしながら、将来の景気後退に対して、金融政策当局が政策をとれる余地はさらに少なくなっています。
- つまり、昨年の金融緩和で「景気後退までの時間」が延びたとみられる一方で、「景気後退に伴う損失」も拡大しているとみられるのです。
- こうした見通しを踏まえ、PIMCOではより質の高いポジションの比率を高め、ポートフォリオの流動性に細心の注意を払い、収益確保の多様なアプローチを優先します。
世界経済、金融市場、政治にとって波乱の1年が終わり、過去のものとなりつつある中、2020年を展望し、今後の景気の行方と潜在的な障害を明らかにし、投資家にとっての意味合いを探ります。この見通しは、昨年12月に開催された四半期に一度の短期経済予測会議(シクリカル・フォーラム)に向けて、PIMCOのポートフォリオ・マネージャー、エコノミスト、アナリストが準備した資料、フォーラムにおける投資プロフェッショナルによる活発な議論、その後二日間の戦略会議におけるセクターの専門家によるプレゼンテーション、それを受けてインベストメント・コミッティーが下した投資判断に基づくものです。(詳細については「PIMCOの運用プロセス」のページをご参照ください。)
昨年は気弱な人にとっては厳しい1年だったと言えます。世界経済は「同時減速」し、「減速の先に」は不確実性が広がり、米中貿易摩擦や英国のEU離脱(ブレグジット)をめぐる不透明感が暗い影を落とし、世界中で異常気象が猛威をふるう中、気候変動への懸念が注目を集める一方、香港、レバノン、チリ、エクアドルをはじめ世界各地で既存の政治体制に対する抗議行動が広がりました。それでも、昨年初めにハト派に方針転換した米連邦準備制度理事会(FRB)をはじめ、世界的な金融緩和を追い風に、株式、債券とも高いリターンを記録しました。
この先、経済、政治、市場の面で2020年がどのような年になるのか、PIMCOはすべて見通していると主張するつもりはありません。それは誰にも不可能です。しかし資産運用にあたっては、厳格なボトムアップのポートフォリオ構築プロセスと、知識と経験に基づき、最も可能性の高い基本シナリオの推測を組み合わせる必要があります。さらに重要な点として、市場に織り込まれているシナリオと比較し、基本シナリオから外れるリスクの偏りと投資機会を見極める必要があります。それを実行するために、PIMCOでは、四半期に一度のフォーラムでデータやモデルを駆使し、(PIMCOのアドバイザーでノーベル賞受賞者のリチャード・セイラー教授が推奨する)プレモーテム(「将来を先取りした事前分析」)を検証します。このプロセスでは、自分たちのバイアスをチェックし、PIMCOや他社のコンセンサスを検証した上で投資アイデアを練り上げ、リスクを管理しながら投資機会を見定めるために、長い時間をかけて様々なシナリオをマッピングします。
2020年マクロ経済七つのテーマ
先月のフォーラムおよびその後の議論に基づき、PIMCOが考える2020年のマクロ経済の主要テーマと、それぞれのテーマに沿ったポートフォリオのポジショニングについてご説明します。
テーマ 1.延びた「景気後退までの時間」
2019年半ばに高まった景気後退リスクは、この数ヶ月で低下しました。その要因としては、世界的な追加金融緩和、米中貿易戦争の休戦、秩序立ったブレグジットへの見通しの改善、世界の購買担当者景気指数(PMI)にみられる回復の早期の兆候が挙げられます。この見方は、PIMCOのさまざまな景気後退モデルを使用して得られる、米国の12ヶ月先の景気後退確率の低下によっても裏付けられています。
これを受けてPIMCOでは、現在の世界経済の減速期間は終息に向かい、2020年中に緩やかな回復に転じるとの基本シナリオに対する自信を深めています。過去2年間低下してきた世界のGDP成長率は、まだ底を打っていません。しかしながら、GDP成長率に先行する傾向のあるPIMCOの世界金融環境指数は、ここ数ヶ月で緩和(上昇)しており、年内の緩やかな景気回復を示唆しています(図表1を参照)。
年内の世界的な成長率の回復を支えるもう一つの要因として、中国、欧州、日本など主要国の財政政策の拡張的な姿勢が挙げられます。ほぼすべての主要国において、いまや財政政策と金融政策双方が一層の緩和に向かっていることから、今後一年先までの持続的な景気拡大の見通しは高まっています。主要国・地域の詳しい経済見通しについては、下記の「地域別の経済予測」のセクションをご覧ください。
テーマ 1 の投資への意味合い
ポートフォリオのデュレーションはやや短めにする方針です。基本的にはベンチマーク比でフラットとし、ポートフォリオのリスクとのバランスに応じて調整します。インカムを確保し、基本シナリオにおいてベンチマークをアウトパフォームするには、ベンチマークを上回るキャリーを確保できるよう、前向きなアプローチをとりたいと考えています。ただし、ポジションは信用力を重視し、ポートフォリオの流動性に十分配慮しながら、広く分散されたアプローチによるインカム獲得をめざしています。割高感と市場の流動性が懸念されることから、通常の社債には過度に依存しない方針です。マクロ環境が悪化し、市場全体のボラティリティが上昇した場合には、投資家は企業クレジット投資に対し高いリスクプレミアムを要求するため、厳しいパフォーマンスとなることが予想されるためです。企業クレジットでは、一般事業セクターよりも金融セクターを選好しています。アセット・アロケーション・ポートフォリオでは、バリュエーションはかなり押し上げられているものの、利益の伸びが支援材料になる可能性が高いことから、株式の小幅オーバーウエイトを見込んでいます。
テーマ 2.「景気後退に伴う損失」も拡大か
FRBをはじめとする世界の主要中央銀行は、景気後退リスクの高まりに対して、またしても追加的な刺激策を講じることにより、世界景気拡大の延命を手助けしました。しかしながら、昨年の金融緩和策にはマイナス面もあります。次の景気低迷あるいは主要なリスク市場の急落がいつ起きるにしても、政策当局が使える手段は限られており、将来の景気後退要因に対抗する能力は限られることになります。つまり、昨年の金融緩和で「景気後退までの時間」が延びたとみられる一方で、「景気後退に伴う損失」も拡大しているとみられるのです。
もちろん、これは昨年の中央銀行の緩和措置に対する批判ではありません。景気後退リスクやデフレ・リスクが高まる中で、政策手段を駆使するのではなく温存することは、通常、得策とは言えません。むしろ、それらのリスクの芽を早期に摘むために、積極的かつ予防的な措置が求められます。これはまさに、昨年、FRBと欧州中央銀行(ECB)が、リスクと不確実性の高まりに対応して試みたことであり、これまでのところ、こうしたリスクへの対処に成功したと言えます。とはいえ、事実上の下限に向かって金利をさらに引き下げたことの必然的な結果として、将来、金融政策が動ける余地は少なくなっています。
こうした状況に対する一般的な反応は、金融政策が動ける余地は少ないものの、財政政策には動ける余地があり、次の景気後退が近づいた場合は常に財政が出動し、危機を乗り切るべきである、というものです。要するに、低金利と中央銀行が(より多額の)国債を購入する能力と意欲が相まって、政府の財政出動の余地が拡大することになります。これは理論的には確かに同意できるもので、実際、将来は財政政策がより積極的になる可能性が高いと主張してきたこともありました。しかしながら、現実には、政府と議会が景気後退リスクを十分早期に判断できる可能性は低く、たとえ判断できたとしても、通常の政治プロセスの緩慢さを考えると、財政出動で景気後退が阻止できる可能性は低いと言えます。このため、次の危機においても中央銀行は初動を迫られますが、以前と比べて手足がより縛られた状況になったといえるでしょう。
昨年の金融緩和が「景気後退に伴う損失」を拡大させる要因はもう一つ考えられます。景気拡大期間の長期化と、さらなる低金利の長期化や「無限の量的緩和(QE)」(明確な期限を定めない、中央銀行の資産購入による量的緩和)は、企業や家計が借り入れを増やす誘因となっていますが、これが次の不況期には、逆に企業や家計、さらには彼らに対する債権者を苦しめることになるかもしれません。
テーマ 2 の投資への意味合い
他の先進国よりも、米国のデュレーションを選好します。その理由として、米国債の相対的な割安感と、マクロ経済が予想を下回った場合にFRBが追加緩和を実施する見込みから、キャピタルゲインが得られる可能性が挙げられます。他のG10通貨に対する米ドルについては概ね中立ですが、通貨エクスポージャーが許容されている運用口座では、通常円のロングポジションを選好します。バリュエーションの割安さと、(デュレーションの代替エクスポージャーともなる)円ロングのリスク・オフの性質がその理由です。クレジットに関しては全般に慎重なスタンスで、満期までの期間が短く、デフォルトの可能性が著しく低い「曲がっても折れない」クレジットのエクスポージャーを選好します。クレジット・サイクル上の現段階においては、このカテゴリーには特段の注意を払います。
テーマ 3.企業クレジット・サイクルに亀裂の恐れ
行動経済学のリチャード・セイラー教授の提案に従い、フォーラムの議論の一環として、集団思考に陥り、特定の基本シナリオを過信するのを避けるため、いくつかのプレモーテム(「将来を先取りした事前分析」)を実施しました。その一つとして、米国チームに、2020年に景気後退入りすると仮定した場合、どのような経緯でなぜそうした事態が起きるのか、説得力ある説明をするよう求めました。米国チームは、企業クレジット市場のリスクの高いセグメントの脆弱性に注目し、そこが景気をさらに悪化させ、後退させかねない点を説明しました。そのシナリオは以下のようなものです。
2017年から2018年に遡ると、銀行から信用を得られなかった米国の中小企業へのノンバンクローンが顕著な伸びを示したこともあり、企業クレジット・インパルス(新たな与信総額の変化率。GDP成長率と相関性が極めて高い。図表2を参照)が急激に加速しました。これらの企業は、世界的な力強い成長と米国の財政刺激の恩恵を受け、民間部門の雇用の伸びを加速させていました。しかしながら、GDP成長率が2019年中に3%から2%に減速すると、プライベート・クレジットによる信用供与は止まり、さらに銀行は商工業融資の貸出基準を厳格化しました。
FRBのデータによると、プライベート・クレジットの市場規模は約2兆ドルで、米国のGDPの約9%にあたります。この信用供給エンジンが減速しても、労働市場が堅調で消費者部門が健全な状況では、成長を続けることも可能と思われます。しかしながら、2020年の間、PIMCOの基本シナリオ通りに景気が回復せずさらに減速した場合、クレジット市場においてリスクの高いこのセグメントは脆弱性を露呈することになるとみられます。プライベート・クレジット、レバレッジドローン、ハイイールド債は、景気循環に左右されやすく、リスクの高い信用プロファイルの企業に集中しています。さらに、銀行の資本基盤は堅調とはいえ、金融危機後の規制により、景気減速期には与信を制限する傾向が強くなっています。投資適格未満の企業への貸出がGDPの約35%に上る現状で、こうしたセクター全般にストレスがかかった場合、景気後退を引き起こす要因となることは十分に考えられます。
繰り返しになりますが、PIMCOの基本シナリオでは、成長率は2020年中に上向き、したがって、「ファイナンシャル・アクセラレーター」が作動しデフォルト・サイクルと景気後退が広がるとは考えていません。(ファイナンシャル・アクセラレーターという用語は、1996年に、現在PIMCOのアドバイザーを務めるベン・バーナンキ元FRB議長と共著者によって初めて使われたものです。)しかし、このような企業クレジットの脆弱性には十分注意する必要があり、特に今年の成長がPIMCOの予想や、市場のコンセンサスを下回るような場合には要注意です。
テーマ 3 の投資への意味合い
このテーマは、改めて一般的な企業クレジットに対する防御的な姿勢の重要性を再確認するものです。また、アセット・アロケーション・ポートフォリオでは、小型株に対して大型株をオーバーウエイトとすることになります。
テーマ 4.堅調な住宅市場
住宅市場は今年、さらにはその先も米国経済の強みになる分野だと考えています。昨年の住宅ローン金利の低下を受けて、賃貸対購入比率、所得対返済比率でみた住宅取得能力は2016年11月の水準に戻りました。さらに、新規住宅ローンに必要な信用スコアは、前年比で緩和されています。
一方、金融危機前に建てられた過剰な住宅は漸く消化され(図表3を参照)、いまや全米で住宅全般が不足する時代に入りつつあります。空き家と在庫は2000年来の低水準にある一方で、世帯形成は増加に転じており、住宅在庫の増加に必要な投資の伸びを肯定する根拠となっています。PIMCOのモーゲージ・チームでは、今後数年で米国の住宅価格は累積で約6%上昇すると予想しています。
テーマ 4 の投資への意味合い
米国の政府系機関モーゲージ債(MBS)と非政府系機関MBSのエクスポージャーをいずれも選好します。政府系機関MBSは、他のスプレッド資産と比較してバリュエーションが魅力的で、適正なキャリーがあり、流動性も高い特徴があります。非政府系機関MBSは、相対的にバリュエーションが魅力的なことに加え、一般的な企業クレジット・エクスポージャーとの対比でより保守的な信用とキャリーの源泉であり、市場の需給要因も良好であるとみています。厳選した商業不動産担保証券(CMBS)のエクスポージャーも保有する方針です。さらに、英国の住宅ローン担保証券(RMBS)も、相対的なバリュエーションが魅力的だとみています。
テーマ 5.世界が先行、米国は後追い
2018年から2019年にかけて米経済は諸外国に遅れて減速し、減速幅も諸外国を下回りましたが、2020年についても同様に世界経済が米経済に先駆けて底を打ち、回復に転じると予想しています。
回復の兆候は既に昨年末から現れ始めており、エマージング市場を筆頭に世界各国のPMI(購買担当者景気指数)や、世界貿易や製造業活動と連動性の高いドイツのIfo景況感指数などの景況感調査にその兆候を見ることができます。一方米国は、PIMCOの先行指標によると、GDP成長率が今年前半に年率1%前後までさらに減速し、その後、上昇に転じることが示唆されています(図表4)。さらに、米航空産業の一時的な生産削減は第一四半期の年率のGDP成長率を0.5%引き下げる可能性がありますが、広く予想されているとおりに第二四半期に生産が再開すると仮定すれば、概ね取り戻すことができるでしょう。
今年、米国のアニマル・スピリッツと成長を阻害しかねないもう一つの要因として、米大統領選を控えた政治の不確実性の高まりが挙げられます。特に予備選の段階で、高い累進税率や規制強化を掲げる民主党候補の支持が広がれば、不確実性は高まります。これは企業心理や投資支出の重石になる可能性が高く、株式の期待リターン低下を介して金融環境の引き締まりにつながる可能性があります。
これらを総合すると、米国の成長モメンタムは、少なくとも2020年前半の時点までは、世界の成長モメンタムに遅れることになるでしょう。
テーマ 5 の投資への意味合い
米国のデュレーションを諸外国のデュレーションよりも選好する見込みです。通貨戦略では、対米ドル、対ユーロで、エマージング市場通貨バスケットをオーバーウエイトとします。また、米国から諸外国への相対的なモメンタムシフトの証拠がさらに明らかになった場合、ドルに対し、他のG10諸国の通貨のロングポジションの機会をうかがいます。
テーマ 6.インフレ:中央銀行が好む悪魔
向こう6カ月から1年の間、先進国のインフレ率は穏やかな水準で推移するとの見方がPIMCOの基本シナリオですが、インフレは市場にほとんど織り込まれていない現状を考えると、中期的には上方リスクが下方リスクを上回っていると考えています。
その理由の一つは、最近拡大しつつある賃金上昇圧力です。低い失業率の割には依然として穏やかな状況を保っているものの、労働市場は引き続き供給が不足しています。もし今年、景気が回復するにつれて失業率がさらに低下した場合、賃金圧力は次第に高くなり、企業は需要が改善するにつれてコストに容易に転嫁できるようになります。
また、財政は新たな金融政策であるとの見方から、財政政策が次第に拡張的になる可能性が高いため、名目需要はさらに強く下支えされるでしょう。FRBが金融引き締めによって財政による緩和の相殺をはかった2018年とは異なり、中央銀行が協力的になれば、さらに名目需要を引き上げるでしょう。
また、これも重要な点ですが、ほぼすべての主要中央銀行が、長年、インフレ目標を達成できていないことから、(得体の知れない悪魔ともいえる)デフレよりも(正体の知れた悪魔である)インフレの方が与し易いと考えているようです。現在実施中のFRBによる政策見直しと、今後予定されているECBの戦略見直しは、革新的なものではなく漸進的なものになる可能性が高いでしょう。PIMCOでは、米国は「平均インフレ率目標」が採用され、ユーロ圏では2%を中心に上下に同じ幅を持たせ、現在よりも対称的な目標レンジへ変更するとみられます。これによって、二つの主要中央銀行が、インフレのオーバーシュートを容認することになるでしょう。
こうした背景を踏まえ、今年は世界的な景気回復が予想されるものの、主要中央銀行は年内の政策を据え置くと予想しており、引き締めのハードルの方が追加緩和のハードルよりも高いとみています。好ましくない副作用から、欧州ではマイナス金利に対する不満が高まっていますが、向こう1年からさらにその先においても、出口戦略に到達する可能性は非常に低いと考えられます。
テーマ 6 の投資への意味い
米国でもそれ以外の国でも、イールドカーブのスティープ化のポジションを選好します。これはバリュエーションを反映したものであると共に、カーブの短期部分が引き締めに消極的な中央銀行により抑えられる一方で、長期部分にインフレ期待の高まりが織り込まれる可能性がある点を考えると、イールドカーブはスティープ化する可能性が高いとみられるためです。また、米国の財政赤字と債務が膨らみ、長期的には、財政見通しがさらに悪化した場合に市場がより多くの期間プレミアムを要求する可能性を考慮すると、イールドカーブのスティープ化ポジションは、ポートフォリオの緩衝材の役割を果たとも考えらえます。米物価連動国債(TIPS)は、バリュエーションが魅力的で、FRBの利上げのハードルが高いことを踏まえると、たとえ景気がある程度強い環境でも魅力的だと言えます。インフレ率は穏やかな水準に落ち着く見込みですが、TIPSに織り込まれているブレークイーブン・インフレ率よりも予想以上に高くなる可能性の方が大きいとみられます。
テーマ 7.創造的破壊~攪乱要因への対応~
PIMCOの基本シナリオでは、金融政策と財政政策が支援材料となり、世界経済は緩やかな回復に転じるとする、比較的落ち着いた経済見通しを持っていますが、地政学や世界各地の国内情勢によってボラティリティが大幅に高まる可能性について、警戒を解いているわけではありません。
米中間の貿易協議では限定的な「第一段階」合意が形成されていますが、既存勢力の米国と新興勢力の中国の関係は依然として危うさを秘めており、年内に再び関係が悪化してもおかしくありません。
今年もう一つ注目すべきイベントは、11月の米大統領選挙です。予備選で民主党の候補者が絞られるにつれ、リスク市場の注目を集めることになるでしょう。
さらに、このところ新興国で相次いでいる既存の政治体制への抗議行動の波はさらに広がる可能性があります。特にこうした新興国の多くで潜在成長率が低下していることから、政府への不満が高まり、所得格差や資産格差に厳しい目が向けられるようになっています。
したがって、昨年の長期経済展望で指摘したとおり、投資家は「創造的破壊」に対処する必要があり、それに応じたポートフォリオのポジションを取る 必要があります。
テーマ 7の投資への意味合い、および全体的な結論
2020年の基本シナリオの展望は良好に見えますが、中央銀行の行動によってリスク・プレミアムが圧縮されており、大きな混乱に対するバッファーはほとんど残っていません。マクロ経済のサプライズや中央銀行の政策手段の枯渇、ボラティリティ上昇の可能性に加え、政治上や地政学上の様々なリスクが存在します。流動性管理に細心の注意を払い、投資ポジションを慎重に調整し、一般的なクレジットに十分警戒するだけでなく、トップダウンのマクロ・トレードのウエイトを若干引き下げ、難しさが増す投資環境で攻めに転じるべく、投資余力の温存に心がけます。
地域別の経済予測
米国:景気減速後、最終的に回復へ
貿易問題の進展とFRBの政策緩和により、短期的な景気後退の確率は低下しましたが、2020年の米国の実質GDP成長率は、昨年の推定2.3%のペースから1.5%~2.0%のレンジに減速すると予想しています。通年予測の成長率はトレンド並みで、年前半の急速な減速が目立たなくなっていますが、世界経済の減速の遅行効果、事業の不確実性の高まり、企業利益の伸び鈍化による企業投資と雇用の手控えを背景に、短期的に景気は失速する可能性があります。しかしながら、米国はじめ各国政府や中央銀行の政策行動による金融環境の緩和や利下げ、景気刺激策が効果を発揮して、最終的に景気減速が食い止められ、今年後半には成長が緩やかに再加速すると予想しています。「第一段階」の米中貿易合意において、今後2年で米産品の輸入を2,000億ドル増やすという中国のコミットメントも、今年後半の成長を下支えするでしょう。
一部の中国産品については関税率の小幅引き下げが発表されましたが、消費者物価のコア指数は、今後数ヶ月は堅調な動きを見せ、その後年後半には緩やかに低下すると予想しています。インフレ圧力がまだ十分に対応可能な水準で、個人消費支出(PCE)デフレーターはFRBの目標の2%を下回っていることを踏まえると、FRBが2020年中に利上げに戻るにはハードルが高いとみています。同時に、今後数ヶ月で米経済はさらに減速する見通しで、景気後退リスクは(昨年9月時点より低下したとはいえ)過去の経験と比べて依然として高いことから、小幅な追加緩和のハードルは下がっているとみています。
ユーロ圏:1%経済の継続
世界的な貿易環境の改善と金融および財政状況の継続的な支援を背景に、ユーロ圏の成長率は再び緩やかに加速すると予想しています。特に、このところまだら模様の停滞がみられたドイツ経済には、ある程度の回復が見込まれます。一方で、製造業の弱さが労働市場全般に波及する兆しが増し、米中間の貿易戦争の脆弱な暫定合意を巡って不確実性が根強いことから、景気上振れの余地は限られてくるでしょう。PIMCOでは、2020年のユーロ圏の成長率を約1.0%とみています。
一方、インフレ率は低い水準にとどまるとみられます。足元での賃金上昇の一部は転嫁され、コア・サービスのインフレ率はある程度上昇しているようですが、景気が減速する中で賃金は伸び悩み、現在の不確実な成長環境では企業が価格決定の慎重な姿勢を崩さない可能性が高いことから、インフレ率の上昇は抑えられるとみられます。コア・インフレ率を押し上げるもう一つの要因が、最近の通貨安がコア製品価格に及ぼす遅行効果です。ただ、為替変動とコア物価との相関性は、最近弱まっているようです。全体として、コア・インフレ率は1.0%に近い水準にとどまるとみています。
金融政策に関しては、ECBが新たな手段を講じるとはみていません。政策金利を-0.5%で据え置き、向こう1年間は、毎月正味200億ユーロの資産購入を継続するとみられます。追加緩和が必要になった場合、マイナス金利の深堀りの副作用に対する懸念が高まっていることから、フォワードガイダンス、量的緩和、長期資金供給オペ(LTRO)が中心となる可能性が高いでしょう。
英国:始まりの終わり
英国は1月末に正式にEUを離脱する公算で、その後、両者は製品に絞って限定的な自由貿易協定の交渉を行うことになるとみられます。貿易交渉が妥結しない場合、英国はごく狭い範囲で合意し、事実上、移行期間を延長するか、一時的に補助協定を結び、世界貿易機関(WTO)の取引条件への円滑な移行を進めると予想しています。いずれにせよ、英国が合意なしに移行期間を終了するリスクは低いとみています。
PIMCOの基本シナリオでは、英国の2020年のGDP成長率は0.75%~1.25%のレンジで、トレンドをやや下回ると予想しています。EUと英国間の将来の貿易協定が具体的にどのようなものになるかは不明確で、それが今後も企業の投資や景況感の重石になる可能性があります。それに対して、特に年後半には、世界貿易の改善と一部の財政緩和が景気を押し上げると予想しています。
2020年のCPIインフレ率は、電力およびエネルギー価格の規制料金引き下げが予定されていることもあり、イングランド銀行の目標の2%を下回る公算です。賃金の伸びは高止まりしていますが、これが消費者物価の顕著な上昇につながるとはみていません。こうした状況で、イングランド銀行は政策金利を0.75%で据え置くと予想しています。
日本:財政刺激策により年後半には回復へ
2020年の日本のGDP成長率は0.25%~0.75%のレンジで、昨年の推定0.9%から減速すると予想しています。今年前半は、昨年10月の消費税率引き上げの悪影響もあって成長の減速が見込まれますが、年後半は安定的な国内の民間需要に加えて、大規模な財政刺激策の効果もあって、回復に転じる見通しです。
消費税率引き上げの影響の大半は、幼児教育・保育の無償化で相殺され、インフレ率は0.25%~0.75%の低いレンジにとどまると予想されます。はかばかしくない成長見通しから、当面インフレ圧力も限定的とみられます。
政策面では、日本は「財政は新たな金融政策」ともいえる状態にあります。政府は12月に(向こう数年でGDPの2.6%にのぼる)大型の補正予算を閣議決定しました。これが2020年の成長を支える見通しです。世界経済の下方リスクが顕在化した場合、財政支援はさらに拡大する可能性があります。金融政策については、外部リスクの改善を踏まえて、日銀は超過準備の金利を据え置くと予想しています。日銀の金融政策手段は尽きつつあるため、メリットが不確かな反面、副作用が明確な超過準備の金利引き下げは、ハードルが高いといえます。
中国:貿易交渉に進展がみられ、適度な政策にも期待
2020年の中国のGDP成長率は5.0%~6.0%のレンジで、昨年の推定6.1%から減速すると予想しています。「第一段階」の米中貿易合意では、関税率の引き下げは限定的ながらも、摩擦激化からの転換点のシグナルとして歓迎されています。企業や消費者の景況感を引き上げることで、内需の減速、不動産販売のピークアウト、投資支出の低迷といった最近のトレンドは緩和されるでしょう。財政政策も部分的に成長を押し上げるとみられ、インフラ投資を中心に、今年は対GDP比で約1.0%の財政出動が行われるとみています。
消費者物価のインフレ率は、最近、中央銀行が目標とする3.0%を突破しましたが、年内は3.0%~4.0%のレンジで推移するでしょう。豚肉価格の高騰がCPIの食料費を直撃しており、生産者価格やコア・インフレ率は落ち着いているにもかかわらず、これが金融緩和の一時的な制約要因になっています。
中国人民銀行はインフレ期待を落ち着かせるため現在の方針を維持する見通しですが、市場の動きを封じ込めるため、年内に象徴的に小幅な利下げを実施する可能性があります。オンショアの債務不履行の増加やシャドーバンク(影の銀行)の債務削減を受けて、信用状況は比較的厳しい状況が続き、政策の波及が遅れる可能性があるでしょう。政策当局は昨年来、変動相場制を自動安定装置として大いに活用していますが、(米国との貿易交渉のもう一つの側面である)輸入価格による物価への直接的な影響を制限するため、人民元を安定的か、やや強めに誘導すると予想しています。
年内の世界的な成長率の回復を支えるもう一つの要因として、中国、欧州、日本など主要国の財政政策の拡張的な姿勢が挙げられます。ほぼすべての主要国において、いまや財政政策と金融政策双方が一層の緩和に向かっていることから、今後一年先までの持続的な景気拡大の見通しは高まっています。主要国・地域の詳しい経済見通しについては、下記の「地域別の経済予測」のセクションをご覧ください。
テーマ 1 の投資への意味合い
ポートフォリオのデュレーションはやや短めにする方針です。基本的にはベンチマーク比でフラットとし、ポートフォリオのリスクとのバランスに応じて調整します。インカムを確保し、基本シナリオにおいてベンチマークをアウトパフォームするには、ベンチマークを上回るキャリーを確保できるよう、前向きなアプローチをとりたいと考えています。ただし、ポジションは信用力を重視し、ポートフォリオの流動性に十分配慮しながら、広く分散されたアプローチによるインカム獲得をめざしています。割高感と市場の流動性が懸念されることから、通常の社債には過度に依存しない方針です。マクロ環境が悪化し、市場全体のボラティリティが上昇した場合には、投資家は企業クレジット投資に対し高いリスクプレミアムを要求するため、厳しいパフォーマンスとなることが予想されるためです。企業クレジットでは、一般事業セクターよりも金融セクターを選好しています。アセット・アロケーション・ポートフォリオでは、バリュエーションはかなり押し上げられているものの、利益の伸びが支援材料になる可能性が高いことから、株式の小幅オーバーウエイトを見込んでいます。
テーマ 2.「景気後退に伴う損失」も拡大か
FRBをはじめとする世界の主要中央銀行は、景気後退リスクの高まりに対して、またしても追加的な刺激策を講じることにより、世界景気拡大の延命を手助けしました。しかしながら、昨年の金融緩和策にはマイナス面もあります。次の景気低迷あるいは主要なリスク市場の急落がいつ起きるにしても、政策当局が使える手段は限られており、将来の景気後退要因に対抗する能力は限られることになります。つまり、昨年の金融緩和で「景気後退までの時間」が延びたとみられる一方で、「景気後退に伴う損失」も拡大しているとみられるのです。
もちろん、これは昨年の中央銀行の緩和措置に対する批判ではありません。景気後退リスクやデフレ・リスクが高まる中で、政策手段を駆使するのではなく温存することは、通常、得策とは言えません。むしろ、それらのリスクの芽を早期に摘むために、積極的かつ予防的な措置が求められます。これはまさに、昨年、FRBと欧州中央銀行(ECB)が、リスクと不確実性の高まりに対応して試みたことであり、これまでのところ、こうしたリスクへの対処に成功したと言えます。とはいえ、事実上の下限に向かって金利をさらに引き下げたことの必然的な結果として、将来、金融政策が動ける余地は少なくなっています。
こうした状況に対する一般的な反応は、金融政策が動ける余地は少ないものの、財政政策には動ける余地があり、次の景気後退が近づいた場合は常に財政が出動し、危機を乗り切るべきである、というものです。要するに、低金利と中央銀行が(より多額の)国債を購入する能力と意欲が相まって、政府の財政出動の余地が拡大することになります。これは理論的には確かに同意できるもので、実際、将来は財政政策がより積極的になる可能性が高いと主張してきたこともありました。しかしながら、現実には、政府と議会が景気後退リスクを十分早期に判断できる可能性は低く、たとえ判断できたとしても、通常の政治プロセスの緩慢さを考えると、財政出動で景気後退が阻止できる可能性は低いと言えます。このため、次の危機においても中央銀行は初動を迫られますが、以前と比べて手足がより縛られた状況になったといえるでしょう。
昨年の金融緩和が「景気後退に伴う損失」を拡大させる要因はもう一つ考えられます。景気拡大期間の長期化と、さらなる低金利の長期化や「無限の量的緩和(QE)」(明確な期限を定めない、中央銀行の資産購入による量的緩和)は、企業や家計が借り入れを増やす誘因となっていますが、これが次の不況期には、逆に企業や家計、さらには彼らに対する債権者を苦しめることになるかもしれません。
テーマ 2 の投資への意味合い
他の先進国よりも、米国のデュレーションを選好します。その理由として、米国債の相対的な割安感と、マクロ経済が予想を下回った場合にFRBが追加緩和を実施する見込みから、キャピタルゲインが得られる可能性が挙げられます。他のG10通貨に対する米ドルについては概ね中立ですが、通貨エクスポージャーが許容されている運用口座では、通常円のロングポジションを選好します。バリュエーションの割安さと、(デュレーションの代替エクスポージャーともなる)円ロングのリスク・オフの性質がその理由です。クレジットに関しては全般に慎重なスタンスで、満期までの期間が短く、デフォルトの可能性が著しく低い「曲がっても折れない」クレジットのエクスポージャーを選好します。クレジット・サイクル上の現段階においては、このカテゴリーには特段の注意を払います。
テーマ 3.企業クレジット・サイクルに亀裂の恐れ
行動経済学のリチャード・セイラー教授の提案に従い、フォーラムの議論の一環として、集団思考に陥り、特定の基本シナリオを過信するのを避けるため、いくつかのプレモーテム(「将来を先取りした事前分析」)を実施しました。その一つとして、米国チームに、2020年に景気後退入りすると仮定した場合、どのような経緯でなぜそうした事態が起きるのか、説得力ある説明をするよう求めました。米国チームは、企業クレジット市場のリスクの高いセグメントの脆弱性に注目し、そこが景気をさらに悪化させ、後退させかねない点を説明しました。そのシナリオは以下のようなものです。
2017年から2018年に遡ると、銀行から信用を得られなかった米国の中小企業へのノンバンクローンが顕著な伸びを示したこともあり、企業クレジット・インパルス(新たな与信総額の変化率。GDP成長率と相関性が極めて高い。図表2を参照)が急激に加速しました。これらの企業は、世界的な力強い成長と米国の財政刺激の恩恵を受け、民間部門の雇用の伸びを加速させていました。しかしながら、GDP成長率が2019年中に3%から2%に減速すると、プライベート・クレジットによる信用供与は止まり、さらに銀行は商工業融資の貸出基準を厳格化しました。
FRBのデータによると、プライベート・クレジットの市場規模は約2兆ドルで、米国のGDPの約9%にあたります。この信用供給エンジンが減速しても、労働市場が堅調で消費者部門が健全な状況では、成長を続けることも可能と思われます。しかしながら、2020年の間、PIMCOの基本シナリオ通りに景気が回復せずさらに減速した場合、クレジット市場においてリスクの高いこのセグメントは脆弱性を露呈することになるとみられます。プライベート・クレジット、レバレッジドローン、ハイイールド債は、景気循環に左右されやすく、リスクの高い信用プロファイルの企業に集中しています。さらに、銀行の資本基盤は堅調とはいえ、金融危機後の規制により、景気減速期には与信を制限する傾向が強くなっています。投資適格未満の企業への貸出がGDPの約35%に上る現状で、こうしたセクター全般にストレスがかかった場合、景気後退を引き起こす要因となることは十分に考えられます。
繰り返しになりますが、PIMCOの基本シナリオでは、成長率は2020年中に上向き、したがって、「ファイナンシャル・アクセラレーター」が作動しデフォルト・サイクルと景気後退が広がるとは考えていません。(ファイナンシャル・アクセラレーターという用語は、1996年に、現在PIMCOのアドバイザーを務めるベン・バーナンキ元FRB議長と共著者によって初めて使われたものです。)しかし、このような企業クレジットの脆弱性には十分注意する必要があり、特に今年の成長がPIMCOの予想や、市場のコンセンサスを下回るような場合には要注意です。
テーマ 3 の投資への意味合い
このテーマは、改めて一般的な企業クレジットに対する防御的な姿勢の重要性を再確認するものです。また、アセット・アロケーション・ポートフォリオでは、小型株に対して大型株をオーバーウエイトとすることになります。
テーマ 4.堅調な住宅市場
住宅市場は今年、さらにはその先も米国経済の強みになる分野だと考えています。昨年の住宅ローン金利の低下を受けて、賃貸対購入比率、所得対返済比率でみた住宅取得能力は2016年11月の水準に戻りました。さらに、新規住宅ローンに必要な信用スコアは、前年比で緩和されています。
一方、金融危機前に建てられた過剰な住宅は漸く消化され(図表3を参照)、いまや全米で住宅全般が不足する時代に入りつつあります。空き家と在庫は2000年来の低水準にある一方で、世帯形成は増加に転じており、住宅在庫の増加に必要な投資の伸びを肯定する根拠となっています。PIMCOのモーゲージ・チームでは、今後数年で米国の住宅価格は累積で約6%上昇すると予想しています。
今年、米国のアニマル・スピリッツと成長を阻害しかねないもう一つの要因として、米大統領選を控えた政治の不確実性の高まりが挙げられます。特に予備選の段階で、高い累進税率や規制強化を掲げる民主党候補の支持が広がれば、不確実性は高まります。これは企業心理や投資支出の重石になる可能性が高く、株式の期待リターン低下を介して金融環境の引き締まりにつながる可能性があります。
これらを総合すると、米国の成長モメンタムは、少なくとも2020年前半の時点までは、世界の成長モメンタムに遅れることになるでしょう。
テーマ 5 の投資への意味合い
米国のデュレーションを諸外国のデュレーションよりも選好する見込みです。通貨戦略では、対米ドル、対ユーロで、エマージング市場通貨バスケットをオーバーウエイトとします。また、米国から諸外国への相対的なモメンタムシフトの証拠がさらに明らかになった場合、ドルに対し、他のG10諸国の通貨のロングポジションの機会をうかがいます。
テーマ 6.インフレ:中央銀行が好む悪魔
向こう6カ月から1年の間、先進国のインフレ率は穏やかな水準で推移するとの見方がPIMCOの基本シナリオですが、インフレは市場にほとんど織り込まれていない現状を考えると、中期的には上方リスクが下方リスクを上回っていると考えています。
その理由の一つは、最近拡大しつつある賃金上昇圧力です。低い失業率の割には依然として穏やかな状況を保っているものの、労働市場は引き続き供給が不足しています。もし今年、景気が回復するにつれて失業率がさらに低下した場合、賃金圧力は次第に高くなり、企業は需要が改善するにつれてコストに容易に転嫁できるようになります。
また、財政は新たな金融政策であるとの見方から、財政政策が次第に拡張的になる可能性が高いため、名目需要はさらに強く下支えされるでしょう。FRBが金融引き締めによって財政による緩和の相殺をはかった2018年とは異なり、中央銀行が協力的になれば、さらに名目需要を引き上げるでしょう。
また、これも重要な点ですが、ほぼすべての主要中央銀行が、長年、インフレ目標を達成できていないことから、(得体の知れない悪魔ともいえる)デフレよりも(正体の知れた悪魔である)インフレの方が与し易いと考えているようです。現在実施中のFRBによる政策見直しと、今後予定されているECBの戦略見直しは、革新的なものではなく漸進的なものになる可能性が高いでしょう。PIMCOでは、米国は「平均インフレ率目標」が採用され、ユーロ圏では2%を中心に上下に同じ幅を持たせ、現在よりも対称的な目標レンジへ変更するとみられます。これによって、二つの主要中央銀行が、インフレのオーバーシュートを容認することになるでしょう。
こうした背景を踏まえ、今年は世界的な景気回復が予想されるものの、主要中央銀行は年内の政策を据え置くと予想しており、引き締めのハードルの方が追加緩和のハードルよりも高いとみています。好ましくない副作用から、欧州ではマイナス金利に対する不満が高まっていますが、向こう1年からさらにその先においても、出口戦略に到達する可能性は非常に低いと考えられます。
テーマ 6 の投資への意味い
米国でもそれ以外の国でも、イールドカーブのスティープ化のポジションを選好します。これはバリュエーションを反映したものであると共に、カーブの短期部分が引き締めに消極的な中央銀行により抑えられる一方で、長期部分にインフレ期待の高まりが織り込まれる可能性がある点を考えると、イールドカーブはスティープ化する可能性が高いとみられるためです。また、米国の財政赤字と債務が膨らみ、長期的には、財政見通しがさらに悪化した場合に市場がより多くの期間プレミアムを要求する可能性を考慮すると、イールドカーブのスティープ化ポジションは、ポートフォリオの緩衝材の役割を果たとも考えらえます。米物価連動国債(TIPS)は、バリュエーションが魅力的で、FRBの利上げのハードルが高いことを踏まえると、たとえ景気がある程度強い環境でも魅力的だと言えます。インフレ率は穏やかな水準に落ち着く見込みですが、TIPSに織り込まれているブレークイーブン・インフレ率よりも予想以上に高くなる可能性の方が大きいとみられます。
テーマ 7.創造的破壊~攪乱要因への対応~
PIMCOの基本シナリオでは、金融政策と財政政策が支援材料となり、世界経済は緩やかな回復に転じるとする、比較的落ち着いた経済見通しを持っていますが、地政学や世界各地の国内情勢によってボラティリティが大幅に高まる可能性について、警戒を解いているわけではありません。
米中間の貿易協議では限定的な「第一段階」合意が形成されていますが、既存勢力の米国と新興勢力の中国の関係は依然として危うさを秘めており、年内に再び関係が悪化してもおかしくありません。
今年もう一つ注目すべきイベントは、11月の米大統領選挙です。予備選で民主党の候補者が絞られるにつれ、リスク市場の注目を集めることになるでしょう。
さらに、このところ新興国で相次いでいる既存の政治体制への抗議行動の波はさらに広がる可能性があります。特にこうした新興国の多くで潜在成長率が低下していることから、政府への不満が高まり、所得格差や資産格差に厳しい目が向けられるようになっています。
したがって、昨年の長期経済展望で指摘したとおり、投資家は「創造的破壊」に対処する必要があり、それに応じたポートフォリオのポジションを取る 必要があります。
テーマ 7の投資への意味合い、および全体的な結論
2020年の基本シナリオの展望は良好に見えますが、中央銀行の行動によってリスク・プレミアムが圧縮されており、大きな混乱に対するバッファーはほとんど残っていません。マクロ経済のサプライズや中央銀行の政策手段の枯渇、ボラティリティ上昇の可能性に加え、政治上や地政学上の様々なリスクが存在します。流動性管理に細心の注意を払い、投資ポジションを慎重に調整し、一般的なクレジットに十分警戒するだけでなく、トップダウンのマクロ・トレードのウエイトを若干引き下げ、難しさが増す投資環境で攻めに転じるべく、投資余力の温存に心がけます。
地域別の経済予測
米国:景気減速後、最終的に回復へ
貿易問題の進展とFRBの政策緩和により、短期的な景気後退の確率は低下しましたが、2020年の米国の実質GDP成長率は、昨年の推定2.3%のペースから1.5%~2.0%のレンジに減速すると予想しています。通年予測の成長率はトレンド並みで、年前半の急速な減速が目立たなくなっていますが、世界経済の減速の遅行効果、事業の不確実性の高まり、企業利益の伸び鈍化による企業投資と雇用の手控えを背景に、短期的に景気は失速する可能性があります。しかしながら、米国はじめ各国政府や中央銀行の政策行動による金融環境の緩和や利下げ、景気刺激策が効果を発揮して、最終的に景気減速が食い止められ、今年後半には成長が緩やかに再加速すると予想しています。「第一段階」の米中貿易合意において、今後2年で米産品の輸入を2,000億ドル増やすという中国のコミットメントも、今年後半の成長を下支えするでしょう。
一部の中国産品については関税率の小幅引き下げが発表されましたが、消費者物価のコア指数は、今後数ヶ月は堅調な動きを見せ、その後年後半には緩やかに低下すると予想しています。インフレ圧力がまだ十分に対応可能な水準で、個人消費支出(PCE)デフレーターはFRBの目標の2%を下回っていることを踏まえると、FRBが2020年中に利上げに戻るにはハードルが高いとみています。同時に、今後数ヶ月で米経済はさらに減速する見通しで、景気後退リスクは(昨年9月時点より低下したとはいえ)過去の経験と比べて依然として高いことから、小幅な追加緩和のハードルは下がっているとみています。
ユーロ圏:1%経済の継続
世界的な貿易環境の改善と金融および財政状況の継続的な支援を背景に、ユーロ圏の成長率は再び緩やかに加速すると予想しています。特に、このところまだら模様の停滞がみられたドイツ経済には、ある程度の回復が見込まれます。一方で、製造業の弱さが労働市場全般に波及する兆しが増し、米中間の貿易戦争の脆弱な暫定合意を巡って不確実性が根強いことから、景気上振れの余地は限られてくるでしょう。PIMCOでは、2020年のユーロ圏の成長率を約1.0%とみています。
一方、インフレ率は低い水準にとどまるとみられます。足元での賃金上昇の一部は転嫁され、コア・サービスのインフレ率はある程度上昇しているようですが、景気が減速する中で賃金は伸び悩み、現在の不確実な成長環境では企業が価格決定の慎重な姿勢を崩さない可能性が高いことから、インフレ率の上昇は抑えられるとみられます。コア・インフレ率を押し上げるもう一つの要因が、最近の通貨安がコア製品価格に及ぼす遅行効果です。ただ、為替変動とコア物価との相関性は、最近弱まっているようです。全体として、コア・インフレ率は1.0%に近い水準にとどまるとみています。
金融政策に関しては、ECBが新たな手段を講じるとはみていません。政策金利を-0.5%で据え置き、向こう1年間は、毎月正味200億ユーロの資産購入を継続するとみられます。追加緩和が必要になった場合、マイナス金利の深堀りの副作用に対する懸念が高まっていることから、フォワードガイダンス、量的緩和、長期資金供給オペ(LTRO)が中心となる可能性が高いでしょう。
英国:始まりの終わり
英国は1月末に正式にEUを離脱する公算で、その後、両者は製品に絞って限定的な自由貿易協定の交渉を行うことになるとみられます。貿易交渉が妥結しない場合、英国はごく狭い範囲で合意し、事実上、移行期間を延長するか、一時的に補助協定を結び、世界貿易機関(WTO)の取引条件への円滑な移行を進めると予想しています。いずれにせよ、英国が合意なしに移行期間を終了するリスクは低いとみています。
PIMCOの基本シナリオでは、英国の2020年のGDP成長率は0.75%~1.25%のレンジで、トレンドをやや下回ると予想しています。EUと英国間の将来の貿易協定が具体的にどのようなものになるかは不明確で、それが今後も企業の投資や景況感の重石になる可能性があります。それに対して、特に年後半には、世界貿易の改善と一部の財政緩和が景気を押し上げると予想しています。
2020年のCPIインフレ率は、電力およびエネルギー価格の規制料金引き下げが予定されていることもあり、イングランド銀行の目標の2%を下回る公算です。賃金の伸びは高止まりしていますが、これが消費者物価の顕著な上昇につながるとはみていません。こうした状況で、イングランド銀行は政策金利を0.75%で据え置くと予想しています。
日本:財政刺激策により年後半には回復へ
2020年の日本のGDP成長率は0.25%~0.75%のレンジで、昨年の推定0.9%から減速すると予想しています。今年前半は、昨年10月の消費税率引き上げの悪影響もあって成長の減速が見込まれますが、年後半は安定的な国内の民間需要に加えて、大規模な財政刺激策の効果もあって、回復に転じる見通しです。
消費税率引き上げの影響の大半は、幼児教育・保育の無償化で相殺され、インフレ率は0.25%~0.75%の低いレンジにとどまると予想されます。はかばかしくない成長見通しから、当面インフレ圧力も限定的とみられます。
政策面では、日本は「財政は新たな金融政策」ともいえる状態にあります。政府は12月に(向こう数年でGDPの2.6%にのぼる)大型の補正予算を閣議決定しました。これが2020年の成長を支える見通しです。世界経済の下方リスクが顕在化した場合、財政支援はさらに拡大する可能性があります。金融政策については、外部リスクの改善を踏まえて、日銀は超過準備の金利を据え置くと予想しています。日銀の金融政策手段は尽きつつあるため、メリットが不確かな反面、副作用が明確な超過準備の金利引き下げは、ハードルが高いといえます。
中国:貿易交渉に進展がみられ、適度な政策にも期待
2020年の中国のGDP成長率は5.0%~6.0%のレンジで、昨年の推定6.1%から減速すると予想しています。「第一段階」の米中貿易合意では、関税率の引き下げは限定的ながらも、摩擦激化からの転換点のシグナルとして歓迎されています。企業や消費者の景況感を引き上げることで、内需の減速、不動産販売のピークアウト、投資支出の低迷といった最近のトレンドは緩和されるでしょう。財政政策も部分的に成長を押し上げるとみられ、インフラ投資を中心に、今年は対GDP比で約1.0%の財政出動が行われるとみています。
消費者物価のインフレ率は、最近、中央銀行が目標とする3.0%を突破しましたが、年内は3.0%~4.0%のレンジで推移するでしょう。豚肉価格の高騰がCPIの食料費を直撃しており、生産者価格やコア・インフレ率は落ち着いているにもかかわらず、これが金融緩和の一時的な制約要因になっています。
中国人民銀行はインフレ期待を落ち着かせるため現在の方針を維持する見通しですが、市場の動きを封じ込めるため、年内に象徴的に小幅な利下げを実施する可能性があります。オンショアの債務不履行の増加やシャドーバンク(影の銀行)の債務削減を受けて、信用状況は比較的厳しい状況が続き、政策の波及が遅れる可能性があるでしょう。政策当局は昨年来、変動相場制を自動安定装置として大いに活用していますが、(米国との貿易交渉のもう一つの側面である)輸入価格による物価への直接的な影響を制限するため、人民元を安定的か、やや強めに誘導すると予想しています。
ご留意事項
ここでの「割安」「割高」という用語は、当該証券や資産クラスの長期平均並びに運用担当者の将来予想価格を大幅に下回る、あるいは上回るという意味で使われています。将来の運用成果の保証や、証券の評価が利益の確保、または損失を回避する保証はありません。
過去の実績は将来の運用成果を保証または示唆するものではありません。
債券市場への投資は市場、金利、発行体、信用、インフレ、流動性などに関するリスクを伴うことがあります。ほぼ全ての債券及び債券戦略の価値は金利変動の影響を受けます。デュレーションの長い債券及び債券戦略は、より短い債券及び債券戦略と比べて金利感応度と価格変動性が高い傾向にあります。一般に債券価格は金利が上昇すると下落します。低金利環境ではリスクが高まります。債券取引におけるカウンターパーティーの取引能力の低下が市場流動性の低下や価格変動制の上昇をもたらす可能性があります。債券への投資では換金時に当初元本を上回ることも下回ることもあります。株式の価値は一般的な市場、経済、産業の実体と見込み両方の状況によって減少する可能性があります。外貨建てあるいは外国籍の証券への投資には投資対象国の通貨価値の変動や経済及び政治情勢に起因するリスクを伴うことがあり、新興成長市場への投資ではかかるリスクが増大することがあります。為替レートは短期間に大きく変動する場合があり、ポートフォリオのリターンを減少させる可能性があります。モーゲージ担保証券や資産担保証券は金利水準の変化に対する感応度が高い場合があり、期限前償還リスクを伴い、また、一般的には政府または民間保証機関による何らかの保証が付されていますが、民間保証機関が債務を履行する保証はありません。政府が発行する物価連動債(ILB)は、元本価値がインフレ率に連動して定期的に調整される債券です。実質金利が上がった場合、物価連動債(ILB)の価値は減少します。インフレ連動国債(TIPS)は、米国政府が発行する物価連動債(ILB)です。
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