日銀、イールドカーブ・コントロールの終了に向かう
7月の金融政策決定会合は、日本銀行(日銀)が7年に及ぶイールドカーブ・コントロール(長短金利操作、YCC)プログラムの漸進的な終了を開始した瞬間、あるいは少なくとも最終的な出口に向けて大きな一歩を踏み出した瞬間として記憶されることでしょう。YCCを創り出した条件(持続的な低インフレと低成長)も消失しつつあることから、今回のYCCプログラムの修正措置は、混乱をもたらすような利回りの上昇を促すことのなく、YCCの漸進的な終了につながるとPIMCOではみています。また、今回の修正が世界の金融市場に甚大な悪影響を及ぼすとは予想していません。
日銀は今回の措置を、10年物国債の利回り目標を0%に維持しながら金利操作をより柔軟にするものだと述べています。政策上の大きな変更点の1つは、長期金利変動幅の上下0.5%を最早「厳格な限度」ではなく、日銀の市場操作の「目途」としたことです。また、毎営業日買い入れる10年物国債の連続指し値オペの利回りを0.5%から1.0%に引き上げました。
これまでの経緯を振り返ると、日銀がYCCを導入したのは2016年9月で、これは短期政策金利を-0.1%に引き下げて市場を驚かせてから8ヵ月後のことでした。その後2018年7月には、10年物国債の利回りの変動幅の限度を上下0.2%に定めました。YCCにさらなる柔軟性と持続可能性を持たせるため利回り目標幅はさらに調整され、2021年3月には上下0.25%に、2022年12月には上下0.5%に定めました。
YCC固有の問題を緩和
YCCには利点と欠点の両面があります。日銀独自の政策手段であるYCCは、実質中立金利を大幅に下回る水準に長期の実質市場金利を抑えこむことによって、円安を誘導するなど金融条件を緩和し、ひいては経済の需要全般を刺激するうえで強力な効果を発揮してきました。
しかしながら、YCC設計上の問題の一つは、2%のインフレ目標が実際に視野に入ってくると、過度に景気を刺激する可能性がある点です。10年物の名目金利に上限が設けられている中でインフレ期待が高まると実質金利はさらに低下する可能性があり、政策は刺激を強めるのではなく弱めるために調整されるべきであることを示唆しています。この「プロシクリカリティ(循環増幅性)」はYCC固有の問題であり、7月の日銀の声明は今回の決定の主たる動機がこの問題の緩和であったことを示唆しています。
「わが国の物価は、(2023年)4月の展望レポートの見通しを上回って推移しており……賃金上昇率は高まっている…。今後も(物価の)上振れ方向の動きが続く場合には、実質金利の低下によって金融緩和効果が強まる…。」と述べられています。
時間の経過とともに状況が変化するにつれて、かつては適切だと考えられていた政策が変化への適応を迫られることはよくあります。これは経済学者が「時間的不整合」と呼ぶものですが、市場と経済を混乱させ、ひいては中央銀行の信認を損なうリスクをはらんでいます。日銀の植田和男総裁は4月に総裁に就任する前からYCCとの関連でこの点に言及しており、7月の会合後の記者会見では、YCCのプロシクリカリティをめぐる潜在的な問題を改めて提起しました。
日銀のインフレ見通しに関するリスク評価と記述が、今回のYCCプログラムに係る修正を裏付けています。2023年7月の展望レポートでは、生鮮食品を除く消費者物価指数(CPI)の予想は、2024年度は小幅に引き下げられ前年比1.9%に、2025年度は1.6%に据え置かれました。また、2024年はインフレの上振れリスクが指摘され、2025年予測は下振れリスクの記述が削除されました。
見事に設計されたYCCの漸減的な終了
(最早厳格な限度ではなく)日銀は、目途として上下0.5%の変動幅で10年物国債のゼロ金利目標を維持しつつ、新たに1%の上限を導入し、YCCの漸減的な終了を見事に設計したとPIMCOは考えています。
歴史上、中央銀行が金利上限政策を実施した事例は限られていますが、いずれの事例も金利上限政策の終了は市場に混乱をもたらす可能性があることを示しています。植田総裁は、1951年の米連邦準備制度理事会(FRB)と2021年のオーストラリア準備銀行(RBA)の例を挙げました。
日銀のYCCの新たな制度設計は一見複雑ですが、混乱を大幅に抑えられる可能性があり、プロシクリカリティの問題が手に負えなくなる前に対処できたのではないかとPIMCOではみています。日銀は名目利回りの上昇が、2%のインフレ目標と整合的なインフレ期待の上昇や、景気の強さを反映した実質金利の健全な上昇である限り、0.5%を超える10年物国債の利回りの上昇を許容し(あるいは歓迎すら)するでしょう。こうした状況下で、YCCプログラムは市場や実体経済をほとんど混乱させることなく、自動的かつ徐々に終了する可能性があります。あるいは、インフレ率が低下し、2%の目標に再び達しないというシナリオでは、YCCプログラムを継続し、必要な程度に利回りを押し下げておくことが可能です。
つまり、7月の発表により日銀は、インフレ・シナリオが実現した場合に、金融政策が循環増幅的で、混乱を引きおこすリスクに歯止めをかけることに成功した可能性が高く、一方で歓迎しないデフレ・シナリオに逆戻りした場合にも、同じ利回り目標による強力な緩和手段を温存したとPIMCOは考えています。
短期政策金利は据え置き
日銀は短期政策金利を-0.1%で据え置きました。日銀が短期政策金利の変更を検討するには、より多くのデータで、(フォワードガイダンスの条件である)2%のインフレ目標が持続的かつ安定した形で達成されたと確信することが必要だとみられます。しかしながら、市場はあまり時間をおかずに日銀の短期政策金利を試し始める可能性があります。インフレのダイナミクスは、日本においても変化しつつあるように見えるからです。
結論
日銀の7月の決定は、YCCの漸進的な終了の幕開けである可能性があります。日銀は新たに長期金利の上限を事実上1%とし、国債利回りの上昇が緩やかで、かつ成長およびインフレと整合的である限り、これを容認することになるでしょう。
一つ懸念されているのは、国債利回りがさらに上昇するモメンタムを持ちつつ、早々に1%に達してしまうのではという点です。PIMCOでは、日本国債の利回りは引き続き抑制されるだろうとみています。仮に利回りが1%近くに上昇したとしても、少なくとも日銀の2%のインフレ目標が最終的に達成されるまでは、国内投資家からの日本のデュレーションに対する旺盛な内需が、利回りをその水準で抑えるだろうと予想しています。
また、今回のYCCの修正が世界の金融市場に多大な悪影響を及ぼすとは予想していません。多くの日本の投資家は、FRBなど海外の中央銀行が政策金利を引き上げたことで為替ヘッジコストが上昇したため、既に大量の外国債を処分しています。これにより、国内投資家が日本国債を購入するために追加的に外国債を売却しようとする動きには歯止めがかかるはずです。
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