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不動産市場の展望

困難に立ち向かう:現在の商業用不動産市場における課題と機会

未曾有の困難の中、商業用不動産でレジリエンスを活用

要約

  • 商業用不動産市場に吹き荒れる逆風により、市場の回復は世界金融危機後よりも大幅に緩慢なものになるでしょう。
  • それでも市場は、金融ソリューションを提供できるだけの資本力、忍耐力、敏捷性、専門知識を兼ね備えた組織にとって、貸し手と借り手の双方に多くの機会をもたらす段階に入りつつあります。
  • セクター別の観点では、投資家はデジタル化、脱炭素化、人口動態の変化など確信度の高いテーマを重視し、データセンターや物流施設などのセクターを投資先として注視すべきだと考えます。

商業用不動産(CRE)の借り手と貸し手双方にとって、中央銀行は近年、常にフラストレーションの源となってきました。頑固なインフレを抑制するため、米連邦準備制度理事会(FRB)をはじめとするほとんどの中央銀行は、予想よりも長期にわたり高金利を維持してきました。もちろん、それが中央銀行の使命です。しかしその結果、債務負担の上昇に直面する商業用不動産の借り手には直ちに痛みが出ており、さらに流動性低下とキャップレート上昇に伴う評価額の下落による鈍い痛みを抱えるに至っています。

現在、短期金利はピークアウトしたとみられ、長期金利は緩やかな低下基調にあります。こうしたトレンドを、世界金融危機後の量的緩和によってもたらされた類の劇的な回復につながると見る向きがあるかもしれませんが、そう考えるべきではないでしょう。市場で主流の想定では、フォワードカーブは実質金利が2021年の水準を200~300ベーシスポイント(bps)上回ることを示しており、キャップレートが高止まりし、不動産価格は2021年の高値を20%~40%下回ることを示唆しています。

今後2年間に1兆5,000億ドルの融資の返済期限が次々と迫る中、その影響は深刻です。金利が高止まりする環境下では、借入コストとキャップレートは引き続き厳しい状況です。貸し手と借り手は、困難に向き合わざるをえなくなります。短期的には評価額と価格指数はさらに低下すると予想され、融資の延長を正当化するのはさらに難しくなるでしょう。

地政学的なリスクもあります。ウクライナと中東での紛争、米中間の緊張、今年の主要選挙は、さらなる不確実性を生み出しています。これに輪をかけているのが、不動産投資と開発に直接影響を与える気候変動に対する懸念の高まりです。

こうした不確実性は流動性圧力を長引かせる一方で、資金供給において全般的に投資機会を生み出します。資本力がありカスタマイズされたソリューションを高い専門性をもって提供できる投資家にとっては、シニアデットからメザニン、優先株式に至るまで、プライベート市場に多岐にわたる機会が存在します。ボラティリティが続くと、不動産投資の四象限(公開株、未公開株、公募債、私募債)に、相対価値の機会が生まれる可能性もあります。さらに一部のセクターや地域は、長期的なファンダメンタルズに基づくと依然として魅力的です。商業用不動産市場が広く直面している流動性圧力を踏まえると、現在は魅力的なエントリーポイントであることを示唆しています(図表1を参照)。

図表1:世界の不動産ヒートマップ–2024年と2023年の見通し(セクター別・地域別)

図表1は、2023年5月と2024年5月時点での米国、欧州、アジア太平洋(中国を除く)の動向についてのPIMCOの見方を、各セクターのプラス面とマイナス面を挙げて示したものです。データセンターについては、2023年5月時点で、すべての地域がAIおよびクラウド需要により引き続き支えられています。しかし2024年5月になると、米国では電力供給、環境への影響、過剰建設への懸念が生じています。物流施設については、この表から、米国のリース需要は強いもののわずかに供給過剰であること、欧州では利回りが安定し賃料の伸びが正常化していること、アジア太平洋地域では、利回り拡大とあわせて需要が根強い中で供給が過剰であることがわかります。学生寮については、米国、欧州、アジア太平洋地域それぞれ供給が不足する中、賃料の伸びが緩やかで、ファンダメンタルズが強く、リースが堅調であることを表は示しています。それでもマイナス要因として、このセクターが米国と欧州ではニッチなセグメントであること、アジア太平洋地域では競争が激しく、拡張性に難がある点が挙げられます。集合住宅セクターでは、プラス要因として、米国では住宅所有との対比での値ごろ感、欧州では安定した賃料の伸び、アジア太平洋では堅調なリースとイールドスプレッドが挙げられます。マイナス要因には、サンベルトでの供給過剰、欧州での価格発見の欠如、アジア太平洋地域での利回り拡大の可能性があります。小売セクターでは、米国でのリース需要の底堅さ、欧州でのリースの安定化、アジア太平洋地域でのリースの繰延需要などがプラス材料です。マイナス要因としては、米国でのテナント再編の歴史、欧州での限定的な投資家意欲、アジアでの電子商取引の伸びに関するセンチメントの弱さが読みとれます。オフィス・セクターについては、プラス要因として米国での大幅な値引き、欧州での二極化の継続、アジア太平地域でのオフィスへの再参入の改善が挙げられます。マイナス要因としては、厳しい環境にある米国の資本市場、欧州の価格発見が続いていること、アジアのセンチメントが弱い中での供給過剰と利回りの拡大が挙げられます。

出所:PIMCOグローバル不動産フォーラム2023年および2024年

これらのポイントは、5月に開催されたPIMCOの第2回の年次グローバル不動産投資フォーラムでまとめられたものです。PIMCOの短期経済予測会議(シクリカル・フォーラム)、長期経済予測会議(セキュラー・フォーラム)と同様、このイベントでは世界中の投資プロフェッショナルが一堂に会し、商業用不動産市場の短期および長期の見通しについて議論しました。PIMCOは世界最大級の商業用不動産投資プラットフォームを有し、300人以上の投資プロフェッショナルが、世界の不動産の公開、非公開の不動産デットおよび株式市場において、様々なリスクプロファイルの1,900億ドル近くにのぼる資産を運用しています。

主要セクター別見通し

データセンター:AI時代の電力争奪戦

AIブームは、データセンターとその動力源となるグリーンエネルギーを巡る世界的な争奪戦を引き起こしています。また、商業用不動産(CRE)に様々なリスクをもたらしています。長期的にAIは、必要なオフィススペースを減らし、学生寮の需要を減らし、都市の人口密度を低下させ、長期リースやセカンダリー・ロケーションの魅力を低下させる可能性があります。しかしながら、その影響がどの程度のペースと規模で及ぶかは、依然として不透明です。(2024年6月の記事、 「未来を切り開く力:欧州でのAI進化におけるデータセンターの重要な役割」をご参照ください。)

明らかなのは、AIとクラウドサービスに対する需要が、データセンターの容量をめぐる世界的な争奪戦を引き起こしているということです。2024年第1四半期には、世界のリース容量が1,800メガワットを超え、わずか3年前の7倍に増加しました。成長が鈍化する兆しは見られず、テナントは個々の建物ではなく用地全体での契約を結んでいます。これを増幅させているのが、デジタル主権、すなわち重要なデータ、ソフトウエア、ハードウエアの管理能力を求める各国政府の要請です。その反面、電力供給が限られていることが、世界中でデータセンター開発の制約要因になりつつあります。

データセンターは、向こう数年、投資家のポートフォリオにおいて極めて重要な役割を果たすことになるでしょう。データセンターは極めて重要なインフラであり、AI技術の最終的な勝者がどこになるかを賭けることなく、AIプラットフォームのサプライヤーとしてAIの成長を活かす方法を投資家に提供しています。

物流・倉庫:長期需要が長期の成長を下支え

脱グローバル化と電子商取引が、倉庫・物流施設の持続的な長期成長を引き続き牽引すると予想しています。地政学的な影響はあるものの、電子商取引などデジタル化のトレンドと結びついた物流施設の需要の軌道は、より信頼性が高いように見えます(図表2を参照)。

図表2:成長を続ける電子商取引

図表2は、2021年から2026年にかけての韓国、中国、アジア太平洋、豪州、米国、シンガポール、香港、日本、インド、マレーシアにおける小売販売全体に占めるオンライン販売の割合と世界全体の割合の推移を示しています。予測は2024年4月現在、グリーンスリートとCBREによるものです。これらの国の順位はオンライン販売の比率を反映しており、韓国がトップに立っています。その比率は2021年の約40%から2026年には50%に上昇すると予測されています。またマレーシアのオンライン販売比率は、2021年の約10%から2026年に20%弱に上昇するとみられています。
出所:グリーンストリート、CBRE、2024年4月現在。

欧州では、需要が鈍化していますが、賃料は上昇を続けています。物流施設は、多くの投資家の購入希望リストのトップに返り咲き、足元の拡大したキャップレートに対して下支えとなる可能性があります。

アジア太平洋地域では、総販売額に占めるオンライン販売比率が、2021年の約20%から2026年には40%近くに高まると予測されています。 さらに脱グローバル化が、ニアショアリングや「フレンドショアリング」の動きを引き続き後押ししています。ベトナムとインドは、企業が生産拠点を中国から移管することで恩恵を受けるでしょう。一方、日本と韓国はリショアリング(国内回帰)の恩恵を受ける可能性があります。

米国では、産業用需要は依然としてプラスですが、過去6カ月間の新規需要は減速しており、2024年第1四半期は2012年以来の弱さとなりました。新規供給はピークに達していますが、一部の障壁の低いサンベルトの市場は供給の波をこなしており、特に大規模な産業用物件では、長期にわたる稼働率向上につながる可能性があります。近年、開発業者では、10万平方フィートを超えるプロジェクトに力を入れています。

集合住宅:米国では需要は旺盛だが、回復に遅れ

アパート等の集合住宅の世界的な見通しは、構造的な需要が旺盛な中で、概ね良好です。

欧州では、賃料が着実に上昇しており、その勢いが衰える兆しは見当たりません。ただでさえ限られた供給は、高騰する開発コストと厳格な環境規制で悪化しています。一方で需要は、世帯形成が加速し、大都市圏への移住が続いているため堅調です。

アジア太平洋地域では、緩やかな供給不足の中で、価格と賃料は堅調に推移しています。住宅価格の高騰と若年層による都市部への移住が、需要を牽引しています。家族形成の遅れや単身世帯の増加など、人口動態の変化により、賃貸期間が長くなる傾向が強まっています。さらに、コミュニティ生活や利便性の高い設備やサービスが重視されるようになったことが、地域全体のテーマ型住宅やコリビング・スペースの成長を押し上げています。

米国では、短期的な見通しはあまり楽観的ではありません。集合住宅セクター全体では、昨年の完工件数が40年ぶりの高水準である58万3,000件に達し、新規供給は記録的な水準にあります。 供給の急増は空室率の上昇につながっており、キャップレートの拡大と相まって、市場価格は25%~30%下落しています。集合住宅の長期的なテナント需要は依然底堅いものの、特に金利上昇が、既に厳しくなっているアフォーダビリティ(手頃な価格)指標を悪化させているなか、前述の短期的な圧力は、米国の集合住宅セクターにとって目先の厳しさが増すことを示唆しています。

全体として、米国市場は2026年までには安定する可能性が高いとみられます。建設着工件数は、コストの上昇と資金の逼迫により減少しています。米国の南部州にまたがるサンベルト地帯は、成長の重要拠点として躍進しています。この地域には米国の人口の半数が居住しています。国内外からこの地域に流入する移住者が米国の人口増加の大部分を牽引しており、米国の総人口は現在の3億3,350万人から2054年には3億7,300万人に増加すると予測されています

オフィス:逆風に直面しているが、すべての地域がそうなわけではない

世界的にオフィスを取り巻く見通しは、依然として厳しい状況にあります。世界的に需要と適正価格の発見は限定的であり、世界の商業用不動産(CRE)所有者や貸し手はオフィスへの投資配分を削減しようとしていることから、バリュエーションは引き続き圧迫されています。世界の機関投資家向けのCREポートフォリオに占めるオフィスの割合は、2022年の35%から現在は29%に低下しており、 さらなる低下が見込まれています。

ただし、地域によって見通しは異なります。欧州では、一等地のビジネス中心街に位置する、環境に配慮した質の高いビルに対する需要は比較的健全です。欧州の多くの地域では、在宅勤務のトレンドはさほど定着していません。これは労働者が中心部の小規模住宅に住む傾向があり、公共交通機関が発達していることも一因です。テナントは、欧州大陸の言語、通貨、規制の多様性により、企業の移転が煩雑であるため、より定着しやすい傾向があります。重要なのは、エネルギー規制により、既存物件の大幅供給減が予想される点です。多くのオフィスビルは、欧州で厳しさを増す格付け要件を満たすのに苦戦するとみられます。

アジア太平洋地域では、ビジネス中心街におけるオフィス需要は、概ね2021年に近い水準にとどまっています。これは一般に、欧米よりも自宅アパートが狭く、通勤時間が短く、「オフィスで働く」文化がしっかり根づいているためです。欧州と同様、需要が最も強いのがビジネス中心街で、特に「暮らし、働き、遊ぶ」施設を備えた物件です(図表3を参照)。

米国では企業のコスト削減と在宅勤務のトレンドの高まりを背景に、オフィス需要は雇用創出に比べて遅れをとっています。同セクターでは、民間の資本が慎重な姿勢を崩さず、収益を左右するキャップレートが拡大を続けているため、クラスA+の物件以外の価格と賃料は下落を続けるだろうと予想しています。

図表3:在宅勤務では米国がリード

図表3は、従業員の週当たりの在宅出勤日数を示したもので、2023年第3四半期現在のJLLのデータと2024年4月現在のCBREのデータに基づいています。アジア太平洋地域では、豪州が在宅勤務日数1.9日でトップに立っています。在宅勤務日数はタイ、シンガポール、日本、韓国、インド、中国で徐々に減っていき、中国では週平均0.3日となっています。欧州では、英国が週当たり在宅勤務日数2.8日でトップに立ち、オランダ、ドイツ、スイス、フランス、ベルギーが週1.3日で後に続いています。北米では、米国の在宅勤務日数が週3.0日で、週1.4日のカナダを上回っています。
出所:グリーンストリート、JLL、2023年第3四半期現在。

まとめ:困難に直面する中でチャンスをつかむ

商業用不動産市場は岐路に立っており、難題が山積していますが、投資機会も豊富です。金利の上昇、地政学的な緊張、気候変動への懸念は、商業用不動産の借り手と貸し手双方に、時に悲観的にならざるをえない複雑な状況を作り出しています。

しかし、こうした圧力こそが、革新的な資金調達ソリューションや戦略的な投資が生まれる下地を作っています。資本と専門知識を備えた組織にとって、現在の環境は、シニアデットからメザニン、優先株式に至るまで資金調達全般にわたってチャンスをもたらす肥沃な土壌だと言えるでしょう。データセンターや物流施設などのセクターは、デジタル化や電子商取引の持続的なトレンドに支えられ、特に魅力的な見通しを示しています。

起伏に富んだこの領域を切り拓いていくには、レジリエンス(強靭性)と適応力が求められます。市場のボラティリティの中で隠れた機会を見極め、活用する能力が必要不可欠です。デジタル化、脱炭素化、人口動態の変化などの確信度の高いテーマに的を絞り、PIMCOの広範な専門知識とグローバルなプラットフォームをご活用いただくことで、投資家は、現在の嵐を乗り切るだけでなく、進化する商業用不動産市場で成功を収める可能性が生まれるでしょう。前途は不確実性に満ちていますが、困難に立ち向かい好機をつかむ準備ができている人々にとっては、豊かな可能性が広がっています。


1 出所:CBRE、2024年5月現在。
2 出所:PIMCO、2024年3月31日現在。PIMCOおよびPIMCO ヨーロッパ GmbH (PIMCO Prime Real Estate GmbH、PIMCO Prime Real Estate LLCおよびその子会社・関連会社を含む)の関係会社であり100%子会社であるPIMCO Prime Real Estate(旧アリアンツ・リアルエステート)が運用する資産を含みます。PIMCO Prime Real Estate LLCの不動産投資プロフェッショナルは、パシフィック・インベストメント・マネジメント・カンパニー・エルエルシーを通じて、運用やその他関連サービスを兼職として提供します。PIMCO Prime Real Estate GmbHは、PIMCOとは別に運営されています。
3 出所:データセンター・ホーク、2024年3月31日現在。
4 出所:グリーンストリート、CBRE。2024年4月現在。
5 出所:グリーンストリート、2024年4月現在。
6 出所:コスタ―、2024年3月17日現在。
7 出所:米議会予算局。
8 出所:米年金不動産協会の投資意向調査、2022年および2024年。



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