米大統領選の構図一変で、共和党圧勝の可能性低下
現代アメリカの政治史上、最大級の筋書き変更と言えますが、ジョー・バイデン大統領は、ここ数週間憶測が高まっていた大統領選からの撤退を正式に表明し、後継候補にカマラ・ハリス副大統領を支持しました。
バイデン氏が出馬を断念したことで、大統領選と上下両院の主導権争いは(再び)混沌としてきました。世論調査やワシントンの予測では、現時点では依然としてドナルド・トランプ前大統領が勝利するとの見方が優勢ですが、わずか1週間前に比べて、トランプ前大統領が勝利する確率や、共和党が議会で圧勝する確率は低下しています。したがって、想定される「トランプ・トレード」の市場価格への織り込み度合いもそれに続くことが予想されます。PIMCOでは現在、選挙はより流動的なものになり、さらなる紆余曲折があるだろうと考えています。
民主党の今後は?
バイデン大統領はハリス氏支持を表明しましたが、バイデン氏の代議員、つまりバイデン大統領が予備選で獲得した民主党の代議員の99%は、厳密には他の候補者を支持することが可能です。これは民主党の代議員が、共和党の代議員のように規則で拘束されているわけではなく、良心に従って投票することが求められているためです。
それでもカマラ・ハリス氏が民主党大統領候補に指名されるのは確実だろうとPIMCOでは見ています。おそらく民主党政治で最も重要な人口階層である有色人種の女性である、現職の副大統領に対抗できる、信頼に足る候補者が他には見当たらないため、公開の党大会は名目だけのものになるでしょう。実際、日曜日のバイデン大統領の撤退報道を受けて、多くの有力な民主党員が、ハリス氏支持を相次いで表明しました。クリントン夫妻や多くの有力下院議員、大口献金者をはじめ、カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事やミシガン州のグレッチェン・ホイットマー知事ら、対立候補と目されてきた一部の民主党議員も、ハリス氏支持に名を連ねています。
重要なのは、代議員がハリス氏の後ろに控えている点です。本稿執筆時点である7月22日現在、いくつかの州の代議員はハリス氏支持を表明していますが、今後数日間でその数は増えると予想されます。党の大統領候補に指名されるには、1,986人の代議員(全体の50%)が必要ですが、ハリス氏は今週にも必要な票固めができる可能性があります。
さらにハリス氏は、日曜の報道直後に多額の資金を集めました。約12時間で5,000万ドル近くが集まりました。これに対し、バイデン大統領が7月に入ってからこれまでに集めた資金は約3,000万ドルにとどまります。(トランプ氏は暗殺未遂後、約7,000万ドルを集めました。)
それでも、正式な投票は8月19日からシカゴで開催される民主党全国大会で実施される可能性が高いとみられます。(ただし民主党は、混乱を避けるために早期に指名投票を行う可能性があります。)いずれにせよ、ハリス氏が民主党の大統領候補に指名されるとPIMCOでは予想しています。
副大統領候補
早ければ今週にも、誰が新たな副大統領候補になるのかが判明するかもしれません。ここでは、何人かの候補者をご紹介します。
- マーク・ケリー上院議員(民主党、アリゾナ州)は、いくつかの理由から名前が挙がっています。ケリー氏は宇宙飛行士であり、退役軍人です。妻の元下院議員のガブリエル・ギフォーズ氏は(銃撃事件の被害者で)現代における政治的暴力の最初の犠牲者の一人であり、敬愛されています。アリゾナ州は2020年にバイデン氏が(かろうじて)勝利した「スウィングステート(激戦州)」です。そして、おそらく最も重要なのは、アリゾナ州が国境の州であり、ケリー氏は大多数の民主党員よりも移民問題に関して穏健な姿勢を示している点です。国境問題は、ハリス氏にとって大きな政策上の責務になるでしょう。
- ノースカロライナ州知事のロイ・クーパー氏。ハリス氏は最近、同氏と共に選挙運動を展開しており、二人は旧知の間柄です。ノースカロライナ州は共和党寄りですが、勝敗は拮抗しており、クーパー氏の人気が民主党勝利に貢献する可能性があります。
- ケンタッキー州知事のアンディ・ベシア氏。先週、ワシントンDCで目撃されています。しかし、ケンタッキー州は、あきらかに激戦州ではありません。
- ペンシルベニア州知事のジョシュ・シャピロ氏。最近当選したばかりで、民主党にとって必勝の州で人気のある政治家です。
トランプ氏の副大統領候補のJDバンス氏と、ハリス氏の副大統領候補との間で討論会が行われるのはほぼ確実ですが、おそらく8月の党大会の後になるとみられます。
ハリス陣営の政策優先順位
一般に、ハリス氏とバイデン氏とでは、ほとんどの政策課題に大きな違いはありません。しかしながら、ハリス氏は学生ローンや医療費負担の免除について、より率直に発言しています。ハリス氏は、労働組合とも親密ですが、SEIU(医療労働組合)との方がより近い立場にあります。また、興味深いことにハリス氏は、2020年に上院投票に持ち込まれた自由貿易に関する米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)には反対票を投じています。おそらく当時、大統領選に出馬していたからでしょう。2020年の選挙運動でハリス氏が示した方針、例えば「メディケア・フォー・オール(国民皆保険制度)」の実現、シェールガス開発の際の水圧破砕技術のフラッキングの廃止、警察の予算削減などの政策を支持したことは、その後、穏健な姿勢に変化したにもかかわらず、今後の運動の足かせになる可能性があります。
11月の見通し
これらは、選挙の行方にとってどのような意味をもつのでしょうか。先週時点で我々が、バイデン氏がトップに立つ民主党の深刻な敗北を予想していたことを考えると、バイデン氏の撤退で、トランプ氏が大統領選に勝利し、共和党がワシントンを席巻する確率は低下したと言えるでしょう。
それでも現時点では、トランプ氏が依然有利です。トランプ氏には資金力、組織力、支持基盤の熱烈な支持者と熱意があります。そして当然ながら、ハリス氏は大統領候補としては未知数です。ハリス氏の2020年の大統領選への出馬は失敗に終わりました。サンフランシスコの地方検事を務めていた2004年から2010年の任期以来、スタッフとの問題を抱えています。世論調査でのハリス氏の好感度は芳しくありません。純粋な「悪い」の数値はバイデン氏よりはましですが、トランプ氏と肩を並べています。ハリス氏が大統領候補として改めて脚光を浴びることで、こうした印象は改善するかもしれませんが、改善しないかもしれません。本稿執筆時点の世論調査では、過去数ヵ月そうであったようにハリス氏はトランプ氏の後塵を拝していますが、最近の出来事を踏まえ世論の動向を見極めるには、あと1、2週間待つべきでしょう。
議会が共和党に席巻される可能性は低下しました。下院選における民主党票は、一貫して大統領選のバイデン票を、場合によっては大幅に上回っていました。また国民のムードや下院の方向性を示す主要な指標である一般投票では、民主党がわずかに有利になっています。2022年の中間選挙での一般投票は、レッドウエーブ(共和党圧勝)は起きないと正確に予測した指標の1つであった点に、PIMCOは注目しています。
バイデン氏と比較すると、ハリス氏にはいくつかの有利な点があります。ハリス氏は(明らかに)若く、トランプ氏に対して年齢を武器にすることができます。バイデン氏よりも効果的にトランプ氏に対する訴訟を進め、より多くの資金を集め、生殖の権利に関する機運を盛り上げられる可能性が高いでしょう。これらはすべて、特に女性の民主党票の増加につながる可能性があります。そのため大統領選は、ジャンプボールの状態、つまり審判がボールを投げて試合を開始する、討論会前の状態に戻る可能性があります。時間が経てばわかることですが、ハリス氏がバイデン氏と同じように、下院選挙における民主党票よりも下回るような逆風に見舞われる可能性は低いでしょう。
結論
2024年の米大統領選は、悲惨な討論会、トランプ前大統領の暗殺未遂、現職大統領の立候補断念と、この数週間、フィクションよりも奇妙に思える展開を見せてきました。投票日までは、まだ3ヵ月半あります。
ハリス氏が民主党大統領候補に指名される可能性が非常に高く、副大統領候補はスイングステート(激戦州)出身の白人男性になると予想されることから、トランプ氏が大統領に当選する確率と共和党が議会を席巻する確率は低下しました。とはいえ、現時点では依然としてトランプ氏が優勢です。ただ、何ヵ月も前から述べてきたことですが、勝敗を論じるのは時期尚早であり、当然ながら今後も様々なことが起こる可能性があります。(英語版 7月22日付)
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