関税を巡る懸念点と注目ポイント
市場の大幅な下落にもかかわらず、米国政府はすべての国・地域を対象とする10%の「一律関税」を4月5日(土)に発動するとともに、60以上の国・地域を対象とするより高い水準の「個別相互関税」を4月9日(水)に発動する方針を堅持しています。この関税がすべて実施された場合、米国の実効平均関税率は、これまでの約3%から約25%に引き上げられることになります。
実際、先週末にハワード・ラトニック米商務長官は、関税の導入を延期しないと発言し、関税は米国の「国力をリセット」するのに有益であると述べています。また、ピーター・ナバロ大統領上級顧問は、市場はすぐに底を打ち、「強気相場に転じるだろう」と主張しています。トランプ大統領自身も、日曜日の夜に、アジア市場が下落したことを受けて、相場の下落は好ましいことではないが「何かを解決するには時には薬が必要だ」と発言しています。
とはいえ、市場全体が納得しているわけではありません。これは交渉戦術としての単なるポーズであって、(1)個別相互関税の4月9日(水)の発動は見送られるか、(2)仮に発動されても、トランプ政権は影響を緩和するためすぐに個別交渉に切り替えるだろう、と考える向きもあるようです。
関税に関する基本シナリオ
PIMCOはかなり前から、トランプ大統領には実務家としての顔と関税推進者としての顔があり、最終的には高水準の個別関税を緩和する交渉に切り替える可能性があると主張してきました。現時点では、(1)高水準の関税(ベトナムは46%、欧州連合(EU)は20%、中国は現状の20%にさらに34%の上乗せ)は4月9日(水)に予定通り発動され、(2)関税が緩和されることは短期的にはない、と考えています。
今後は最終的に、(1)少なくとも10%の一律関税、(2)対中国の高水準の関税賦課(最大税率54%が濃厚)、(3)通商拡大法「232条」に基づくアルミニウム、鉄、自動車を対象とする関税の据え置きと、木材、銅、半導体を対象とする追加関税の導入が可能性としてありうると考えています。さらに、EUなど他の国・地域を対象とする高水準の「個別」関税は、当面、維持される公算が大きいものの、これは週単位ではなく月単位で考えるべきでしょう。しかし、最終的な合意が、すぐにではないにしても、成立する可能性は十分にあると考えています。
トランプ氏が初めて大統領に就任した2017年以来(トランプ1.0)、トランプ大統領本人、そして重要な点として(トランプ2.0における)影響力の強い側近は、自分たちの政策の有効性を本気で信じていると、PIMCOが主張してきたことを思いだしていただければと思います。今回も単なるポーズではありません。1987年までさかのぼりますが、トランプ氏は、ラリ-・キング氏とのインタビューで、「米国が他国に搾取されている状況にうんざりしている」とコメントしています。また、1988年には、トーク番組『レイト・ショー・ウィズ・デイヴィッド・レターマン』の中で、貿易赤字が具体的な問題であると指摘し、「一部の国の手口を見ると、米国を完全に食い物にしていることがわかる。貿易赤字の話だ。自由貿易を主張しつつ、自動車からビデオデッキに至るまであらゆるものを押しつけている」と述べました。トランプ氏は、1994年に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)と、2001年の中国のWTO加盟に反対していました。
このように、トランプ大統領の関税政策の根底には、長年にわたる根深いイデオロギーが存在しています。米国は何十年にもわたって「不公正な取引」を強いられてきたと考え、なかでも、財の貿易赤字の規模は他国との関係を表わす重要な指標であると捉えています。米国の貿易赤字は約1兆ドルに達しており(出所:米国国勢調査局)、トランプ大統領はこれを、米国は敗者であると解釈しているのです。言うまでもありませんが、トランプ1.0の終了時には公約が未達だった感がありました。トランプ2.0では、それを達成することをコミットしているように感じられます。
注目点
4月7日(月)に、トランプ大統領はイスラエルのネタニヤフ首相と会談しました。関税を巡る問題も多くのアジェンダの1つであった模様ですが、その場では合意に至りませんでした。米国とイスラエルの緊密な関係や、特に両首脳の親密さを考えると、国別の交渉には時間がかかる可能性が非常に高いと我々は解釈しています。
米通商代表部(USTR)のジェイミーソン・グリア代表は、4月8日(火)と9日(水)に米国議会に出席します。なかでも高水準の相互関税や税率の具体的な計算方法や、今回の政策の成功の定義と出口戦略に関する政府の見解について、厳しく追及されることが予想されます。もっとも、同代表が発するメッセージが、先週末に他の政府高官が述べていた「貿易相手国との公正な取引にコミットしているが、それが実現するまでは関税を維持する」から変わっていたら、想定外です。
議会の圧力は制約要因になるか
先週末、非公式な反論に加えて、公に何人かの共和党議員が関税政策に反対する声を上げました。特に目立ったのがクルーズ共和党上院議員(テキサス州選出)であり、関税政策が実現すれば次の中間選挙は「大惨事」になると警鐘を鳴らしました。その直前には、上院において、カナダ向けの関税を制限する特権的決議案の(強制)採決が行われました。この決議では、4人の共和党議員(マコーネル上院議員、コリンズ上院議員、ポール上院議員、マーコウスキー上院議員)が賛成票を投じています。上院では単純過半数で可決されたものの、下院では可決の見込みはありません。
もっとも、関税の問題に関しては、水面下で画策している議員はいるにしても、議会共和党はトランプ大統領のもとで概ね結束しているようです。少なくとも当面は、大統領に政治的な主導権を与える可能性が高いとみられます。通商問題において、共和党が大統領に全面的に反対した場合でも、対抗手段がほとんどありません。権限を制限するために可決されたすべての事項に対して、大統領は拒否権を行使できるからです(拒否権を覆すために必要な3分の2以上の票が両院で集まらないことが前提で、仮に集まればトランプ政権の転機となるでしょう)。
通商政策に対するその他の潜在的な制約要因
考えられる数多くの制約要因のなかで、トランプ大統領の行動は支持率によって制約を受ける可能性はありますが、現在はそのような段階ではありません。実際、現在の支持率は約48%であり(RealClearPoliticsの平均)、正味の支持率はマイナス2%にとどまります(不支持率は50%)。同時期の他の大統領と比べると低い数字ですが、2017年のトランプ大統領自身の支持率をはるかに上回ります。また、トランプ大統領も支持率を気にしているものの、今回が最後の任期であり(憲法修正第22条はこれについて非常に明確です)、他の政治家ほどには、あるいはトランプ1.0の時と比べて、それほど気にしていないのかもしれません。
「トランプ・プット」はどうなるのでしょうか。通商政策を実現させることと同じ程度に、あるいはそれ以上に、トランプ大統領は株式市場の動向を注視しているのではないかという市場の見方に、PIMCOは以前から懐疑的でした。市場が弱気相場に入ったとしても、関税政策の粘り強い実現にコミットしていることが、すでに明らかにです。実際、大統領は4月7日(月)の午前中にTruth Social(SNS)上で、人々 (特に共和党議員を指していたと思われる)は「PANICANS(パニック状態)」であるべきではない、パニックを起こさず「勇気と忍耐力」を発揮するべきだとのメッセージを発信しています。PIMCOでは、いずれ何らかの限界に直面すると想定していますが、まだその段階に達していないように思われます。
トランプ大統領が関税政策を施行した方法について、若干の意外感が残ります。1977年国際緊急経済権限法 (IEEPA) のもとで与えられた非常事態権限は、関税政策においてこれまで一度も使われたことがなかったからです。PIMCOでは、米国政府は今週の高水準の関税発動に際して、法的な問題に直面すると予想していますが、通常、裁判所は国家の緊急事態とみなされる問題に対して大統領に同情的です。これまで最高裁判所は権限の拡大に難色を示してきましたが、決着するまでに時間がかかるとすれば、今のところ、裁判システムによって発動が先送りされることを期待するべきではありません。
減税への迅速な方向転換を予想
米国政府にとって最も有力な短期的戦略は、大規模な減税に積極的かつ速やかに取り組むことであると、PIMCOでは考えています。実際、先週末に上院では、最終的な税制パッケージの設定を支援する重要な手続きが進められました。上院案は下院が最近可決したものと大きく異なり、最終的には調整作業が必要になりますが、減税規模を拡大し歳出削減を縮小する方向性がうかがえます。
実際、今回の予算決議は、次の2つの結果の可能性が高いでしょう。(1)2017年のトランプ減税が恒久化される可能性(手続き上のウルトラCが必要で、上院議員の解任が必要になる可能性があります)、(2)今後10年間で最大1.5兆ドルの追加減税(正味)がおそらく前倒しのスケジュールで実施される可能性。上院案にも、メディケイドなどの分野の歳出の削減が盛り込まれる可能性があります。PIMCOの見解では、特に景気が減速した場合、下院の意向よりも減税の規模が拡大し、歳出削減の規模が縮小する可能性が高いと考えられます。
言うまでもなく、これは財政赤字の恒常的な増加を意味しますが、財政赤字の着地点は景気動向と関税収入に左右されることになります。議会予算局によると、現時点で財政赤字はGDP対比6.5~7%程度になる見通しです。
結論
今後、フェイントの動きや紆余曲折が予想されるものの、関税の引き上げという最終的な目標に注目するべきだと考えています。基本シナリオとして、すべての国・地域に対する10%の一律関税、中国に対する高水準の関税賦課、通商拡大法第232条に基づく関税措置、交渉進行中における個別関税の引き上げを想定していますが、期待以上に、あるいは予想以上に、時間がかかる可能性があります。同時に、米国政府は減税について議論し、推進する方向に転換すると予想しています。減税の規模は、そうでなかった場合よりも大きなものになる見通しです。
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