2024年のアジア太平洋市場の見通し:投資家が注目すべき四つのテーマ
2023年は主要先進国が予想外のレジリエンス(強靭性)を示しましたが、2024年の経済は停滞または緩やかな収縮に転じると予想しています。先進国のインフレはようやく緩和に転じました。利上げサイクルは終了し、市場の関心は利下げの開始時期とペースに移っています。
アジア太平洋地域は、文化と同様、市場が多様であるため、各国経済の見通しにもばらつきがあります。
豪州、ニュージーランドなど、金利により敏感な変動金利型債務市場の割合が高い国は、消費の伸び鈍化を背景に、より速いペースで減速する可能性が高いでしょう。アジアのエマージング諸国では、堅調な内需と予想されるFRBの利下げが、緩やかながら持続的に成長を支えするはずです。一方、日本は25年来のデフレから脱却し、利上げに向かいつつあるようです。
本稿では、2024年にアジアで注目すべき四つのテーマと、投資家にとっての意味合いについてご紹介します。
1.日本は20数年来の超緩和的な金融政策を段階的に廃止し、タームプレミアムが上昇する可能性
他の先進国の中央銀行が年内の利上げ休止や利下げ開始を予定するなかで、日銀は3月か4月の金融政策決定会合でマイナス金利を解除し、その後、政策金利を-0.1%から0.25%に小幅引き上げるだろうとPIMCOでは予想しています。
力強い賃金の伸びを背景にインフレは根強いとみられることから、マイナス金利政策解除の条件は整ったと言えるでしょう。2024年のインフレ率は、主にサービス・セクターが牽引し、総合指数で前年比約2.8%の上昇を予想しています。賃金の伸びは過去10年平均はほぼ横ばいでしたが、足元の人手不足を背景に前年比2.5%~3.5%の上昇を予想しています。
量的緩和については、マイナス金利を解除した時点で、日銀はバランスシートの拡大を停止するだろうとみています。その後は、バランスシートの縮小を段階的かつ柔軟に進めるとみられます。それに伴い日銀の買い入れ分を民間投資家が穴埋めする必要が出てくることから、長期国債の利回り(「タームプレミアム」)は上昇する可能性があります。
このように、日銀が過去20年あまり追求してきた超緩和的な金融政策は、ようやく段階的な終了へと向かうでしょう。昨年末、日銀はイールドカーブ・コントロールを事実上終了し、10年物国債利回りの上限の1%は厳格な上限ではなく目途とみなすと宣言しました。
2024年は元旦の能登半島地震で厳しいスタートとなりましたが、日本のマクロ経済への影響は最小限にとどまり、2024年度の実質GDP成長率は前年比で1%程度になると予想しています。
2.戦略セクターの長期的な強さが見られるにつれ、中国への市場センチメントが変化する可能性
中国経済をとりまくセンチメントはかなり弱気です。その背景には、脆弱な不動産セクター、地政学、人口動態、債務問題などの根強い逆風があります。しかしながら中国政府によるいくつかの戦略セクターのテコ入れが、こうしたマイナス要因の一部の相殺に寄与する可能性があります。PIMCOの基本シナリオでは、中国の2024年のGDP成長率は4.5%~5%で、2023年の5.2%から減速すると予想しています。
積極的と言わないまでも、景気を下支えする刺激策がとられると予想しています。主な牽引役は財政政策で、拡大する財政赤字は、中央および地方政府債の発行で賄われることになるでしょう。これにより、土地売却による収入の減少と地方政府融資ビークル(LGFV)の借り入れの減少分が穴埋めされるはずです。
財源は、最先端分野(デジタル経済やAIなど)へのインフラ投資や、バリューチェーンをよりハイテクでより価値の高い製品(電気自動車、再生可能エネルギー、航空宇宙部品など)に移行させるための製造分野のアップグレードのための研究開発に振り向けられることが予想されます。 たとえば、2023 年には電気自動車の成長により、中国の自動車輸出は 58% 増の 491 万台となり、日本 (442 万台) を追い抜き、世界トップの自動車輸出国となりましたFootnote[1]。
金融政策については引き続き緩和的で、信用の伸びは前年比で9.5%程度になるでしょう。2024年上半期に1回ないし2回の利下げを予想しており、利下げ幅は合計で約20ベーシスポイントになると予想しています。構造的な金融政策手段によって、グリーン、ハイテク、公営住宅などの特定のセクターを引き続き下支えするとみています。
需要を喚起し未完のプロジェクトを確実に完成させることを目的に、最小限の規制強化と民間住宅市場/コモディティ住宅市場への段階的支援がとられると予想しています。それでも今年は縮小が続き、2024年の住宅固定資産投資は前年比3%~5%減になると予想しています。
豚肉価格やコモディティ価格のベース効果により、デフレは緩和される見通しです。内需の弱さと過剰設備を背景に、2024年の消費者物価指数(CPI)のインフレ率は平均で1%前後、卸売物価指数(PPI)のインフレ率は0%前後と予想しています。
3.脆弱な豪州の家計は、高水準の債務と高金利の負担に喘ぐ
オーストラリア準備銀行(RBA)は、他の中央銀行に遅れて利上げを開始し、相対的に緩やかなペースで利上げを実施してきました。直近の利上げは2023年11月で、政策金利であるキャッシュ・レートは12年ぶりの高水準の4.35%となりました。RBAの目標の2%~3%に対し、2022年第4四半期に7.8%まで高騰したインフレを抑制するため、政策金利は2022年以降、4.25%引き上げられてきました。
現在の政策金利水準は現行の利上げサイクルの終着点ではないにせよ、それに近いとPIMCOでは考えていますが、これは米国のFF金利を約1%下回る水準です。ただ、見かけの終着点の低さに惑わされてはいけません。
住宅ローン債務が増大し続け、政策金利に対する住宅ローン金利の上乗せ幅が拡大している現状を踏まえれば、豪州の家計部門にとって、現在の政策金利水準はこれまでにないほど引き締められていると言えます。さらに豪州の住宅ローンの大半は変動金利であるため、金融政策の引き締めの影響を受けやすくなっています。
実際、家計のバランスシートの逼迫は、実質消費の伸び悩みや実質可処分所得の減少など、既に目に見える形で表れています。今後数四半期は、家計支出がさらに悪化し、それが企業景況感の低下や労働市場の軟化につながると予想しています。こうした動きを受け、2024年下半期にはRBAが利下げサイクルの開始に踏み切る可能性があります。
4.インドとインドネシアが、アジアのエマージング市場の力強い成長モメンタムの波を牽引
インド経済については特に前向きな見方をしています。内需の底堅さと設備投資の力強い伸びを背景に、2024年度のGDP成長率は引き続き前年比7%前後の高い伸びを予想しています。
対内直接投資は減少しているものの、対内証券投資が大幅に改善しつつあり、国際収支は2023年の91億ドルの赤字から、2024年は500億ドルの黒字になると予想しています。これは好調な株式市場に加え、今年後半にグローバル債券エマージング・マーケッツ指数にインド国債の組入れが予定されていることに起因しています。既にこれらを材料に、インド通貨ルピーは他のアジア通貨をアウトパフォームしています。
インドの財政赤字は緩やかに減少を続けています。2024年の財政赤字の対GDP比の目標は5.9%で、好調な税収と資本プロジェクトへの柔軟な支出を背景に、2026年には4.5%に下がる可能性があります。
インフレ率は、総合指数がインド準備銀行(RBI)の2024年の目標である2%~6%のレンジ内の4%に向かって緩やかに低下しており、コア指数は既に12月に4%弱に低下しています。しかしながら、食料品価格の高騰やエルニーニョ現象のリスク、金融状況を考慮すると、RBIは拙速な利下げには慎重だとみられます。PIMCOでは2024年中に25~50ベーシスポイントの利下げを予想しています。
インドネシアの見通しについても同様に前向きで、2024年の実質GDP成長率は前年比5%前後を予想しています。経常収支については、コモディティ価格の下落を背景に今年はマイナス1%の赤字を予想していますが、より付加価値の高い金属輸出へのシフトを進めており、インドネシアの景気見通しは引き続き有望です。また財政赤字の対GDP比は、2020年の6.1%から2023年に1.8%へ縮小しています。
インフレは制御できており、1.5%~3.5%の目標レンジにとどまる見通しです。PIMCOの基本シナリオでは、2024年中に75~100ベーシスポイントの利下げを予想していますが、通貨の安定が最優先課題となるなか、インドネシア中央銀行の利下げ幅はこれを下回るリスクがあります。
他のアジア・エマージング諸国では、フィリピンとベトナムについても実質GDPの力強い拡大を予想しています。エマージング通貨は、米国の金利低下が追い風になる傾向があります。米ドル建て債務の負担が軽減され、現地通貨建て投資の魅力が高まるためです。エマージング通貨は強含んで2023年を終えましたが、一部のエマージング・アジア通貨には引き続き上昇余地があるとみています。
投資への意味合い
予想されるFRBの利下げは、米国債の利回り低下とドル安の要因となりますが、アジア太平洋の各国経済に与える影響にはばらつきがあります。
この先6~12カ月は、金利に敏感なオーストラリア市場では、10年物金利が米国債をアウトパフォームすると見込まれることから、長期物の豪州国債のオーバーウエイトを選好します。
日銀は今年、徐々に政策の正常化を進め、タームプレミアムの上昇が予想されることから、日本の金利はグローバル金利をアンダーパフォームすると予想しています。日本のデュレーションのポジションはアンダーウエイトを選好しています。
10年物の中国国債の金利は、米国債との相関性が限定的で、ボラティリティが相対的に低く、2.5%前後のレンジ内の取引となるとみられます。中国国債と政策銀行注[2]とでは、後者のアンダーウエイトを選好します。タイトなスプレッドと、担保補充貸出プログラムにより供給が予想を上回る可能性がその理由です注[3]。
インド国債は、12カ月先の予想インフレ率に基づく実質利回りが3%超で、割安だと考えています。同じことはインドネシア国債についても言えます。足元のインフレ率に基づく実質利回りでも4%近いうえ、需給環境も良好です。通貨のインドネシア・ルピアとインド・ルピーについて前向きな見方をしています。選挙後も統治改革が続くとみられること、両国の経済が引き続きエマージング諸国の成長の長期的な牽引役となることがその理由です。
アジアのクレジット市場では、2023年は発行が比較的低調でしたが、2024年は償還期限の到来に伴う再投資需要に支えられ、発行が増加すると予想しています。需給面は引き続き良好です。潤沢かつ割安なオンショアの資金調達により、2024年のネットの資金調達はマイナスが見込まれます。発行体は国内資金を活用して、米ドル建て債券を買い戻しています。
投資適格債の領域では、邦銀の一部に投資機会があるとみています。また豪州のディフェンシブ・セクターの企業で、有料道路や規制下の公益企業など、裁量的な家計支出に左右されにくく、力強い人口の伸びと緩やかながら上昇するインフレの恩恵が見込まれる発行体にも機会があるとみています。ハイイールド債については、厳選した一部の中国企業とインドネシア企業に価値を見出しています。
[1]出所:日本自動車工業会、中国自動車工業協会。本文に戻る。
[2]中国の三大政策銀行は、中国農業発展銀行、中国国家開発銀行、中国輸出入銀行。本文に戻る。
[3]2014年に導入された担保補充貸出プログラムは、中国人民銀行の的を絞った資金供給手段であり、(貸出債権を担保に引き受けることで)政策銀行に安価な長期資金を供与し、住宅およびインフラ・セクターの貸出に充てさせるものです。本文に戻る。
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