銀行破綻とFRB
米連邦準備制度理事会(FRB)の金融引き締め政策戦略は、徐々に加熱され気づいた時には手遅れだったという、茹でガエルの寓話に似ていると考えることができます。先週、ハンフリー・ホーキンス法に基づく半期に1度の議会証言で、連邦公開市場委員会(FOMC)議長を務めるジェローム・パウエルFRB議長は、翌日物金利のベンチマークとなるFF金利の誘導目標を再び0.5%引き上げる可能性を示唆して一層加熱させ、シリコンバレーバンク(SVB)の取り付けが起きました。
SVBは、テック系スタートアップ企業向けのエクスポージャーが多い中規模銀行です。機関投資家の大口預金金口座を通じた資金調達比率が突出して高く、ポートフォリオに多額の国債および政府系モーゲージ債(MBS)の含み損を抱えており、預金の払い戻しに充てる資金の確保で資産を売却し、損失の確定を余儀なくされました。SVBの保有証券の含み損は普通株式等Tier1の資本よりも大きく、預金者は1,750億ドル(2022年12月31日現在)にのぼる預金の返済能力を疑問視し始めました。預金の大半は米連邦預金保険(FDIC)でカバーされていませんでした。その結果、預金者は3月9日に420億ドルの預金を引き出し、3月10日にはカリフォルニア州規制当局が同行を閉鎖し、米連邦預金保険公社(FDIC)を管財人に選任しました。
SVBの破綻を受けて銀行株全般が売られ、特に米国の地方銀行の株価が大きく値を下げました。SVBの破綻後の数時間から数日にかけて起きた地方銀行全般の預金流出は、週末に破綻の連鎖を食い止めるべく政策立案者が断固たる行動を取るのに十分であったと推測すべきです。3月12日には、米財務省、FDIC、FRBが共同で、SBVおよび同様の問題を抱えるシグネチャー・バンクの預金を保護すると共に、FRBがきわめて有利な条件で銀行に貸出を実施する「銀行ターム・ファンディング・プログラム」を新設すると発表して、銀行にバランスシートを強化する時間的猶予を与えました。FRBは、銀行が保有する質の高い資産を(時価ではなく)簿価で担保として貸出を実行することに同意しました。
確かにSVBは、多くの点で変わった銀行でした。他の同規模の地方銀行において、預金保険対象外となる機関投資家の預金比率はSVBと同様に高いわけではありません。これは、FRBの利上げに伴い預金に対して支払いを余儀なくされる金利の上昇分である「預金ベータ」が低いことを意味しています。また、保有する証券ポートフォリオの含み損が、普通株式等Tier1資本との対比でSVBほど高いわけでもありません。そのため、預金の払い戻しに応じるために保有証券を売却せざるをえない場合でも、損失確定を乗り切れるだけの大きな資本バッファーを有しています。さらに、ドッド・フランク法を遵守する必要があり、定期的な流動性および資産ストレステストの対象となるシステム上重要な大規模な銀行は、財務が健全であり、預金の取り付けに対してさほど脆弱でないと見られます。実際、複数の大手銀行の預金は、ここ数日純流入となっています。
それでもやはり、今回の出来事が景気後退につながる可能性は十分あると言えます。景気後退に陥るのに、2008年のようなデレバレッジ(債務削減)が必須なわけではありません。信用の伸びが鈍化するだけでも、GDP成長率にとって大きな逆風になりえます。経済全体の信用残高はストックの変数であり、GDPはフローの変数であるため、GDPにとって重要なのは信用のフローなのです。経済学でクレジット・インパルスと呼ばれる信用のフローの変化が、実質GDP成長率にとって重要です。政府高官やFRBが措置を講じたにもかかわらず、既に減速していた信用の伸びが、前述の最近の出来事の直接的な結果、さらに減速すると信じる理由が十分あります。
第1に、地方銀行は本稿執筆時点で株価が大きく下落していますが、状況が明確になり、ボラティリティが落ち着くまで、少なくとも短期的にリスク回避姿勢を強める可能性が高いとみられます。これら地方銀行の多くは、依然として大手銀行への預金流出リスクにさらされています。週末のFDICの発表で重要なのは、SVBとシグネチャー・バンクのみを無担保の預金の全額保護対象とした点で、銀行システム全体のすべての預金保険対象外の預金を保護したわけではありません。すべての預金保険対象外の預金を明示的に保護するには規模が大きく、議会の承認が必要となるでしょう。さらにFRBによれば、小規模な銀行は米国内の銀行の総資産の約半分、商業・事業融資残高の3分の1、不動産ローンの半分を占めています。これらの銀行が突然の預金流出を恐れて貸出基準を厳格化し、その直接的結果、信用組成が減速するようなことが起こらないと考えるのは無理があります。
第2に、これに関連して、地方銀行に対する規制はより厳しくなる可能性があります。2018年に、流動性と資本の観点から中小金融機関に対するドッド・フランク法の要件の多くを緩和する法案(S.2155)が、超党派ベースで可決されました。規制緩和が全ての責任を負っているわけではありません。具体的な運用の面でFRBにはいくらか裁量がありましたし、監督も役割を果たした可能性があります。そのためFRBは、可能な場合、大手地方銀行(具体的には資産1,000億ドル以上の銀行)に対して規制基準を強化して、ドット・フランク法の遵守が求められる大手銀が敬遠していたリスクの高い融資を実行する能力と意欲を低下させる可能性があります。
第3に、この政策対応が短期的に信用と地方銀行の預金基盤を安定させるには十分だとしても、これまでに発表された政策は、FRBのリバースレポファシリティ(RRP)にアクセス可能な国債マネーファンドの低リスクの投資ビークルで、投資家がより高い利回りを確保できるという中心的課題には対処していません。一歩引いて考えると、銀行の預金金利はFF金利に遅れて上昇するため、マネーファンド投資の方が銀行預金より利回りが高くなります。しかしながら、預金金利の上昇はその代償がないわけではありません。基本的に、純金利マージンを引き下げ、株価のボラティリティを高めます。最悪の場合、過去2、3年に積み上げた保有証券や貸出債権の利回りよりも多くを預金者に支払うことになり、一部の銀行は不採算になる可能性があります。一部の銀行は、貸出金利を引き上げることで、純金利マージンを守ろうとする可能性があります。あるいは、銀行がローン市場のプライステイカー(価格受容者)である場合、同じクレジット・リスクへの引き受けに対して、収益性が低下した貸出を実行することについて、意欲が低下している可能性があります。いずれにせよ、これにより融資の伸びは鈍化するでしょう。
第4に、以前から、金融状況の引き締まりを受けて銀行の信用基準も引き締まり、貸出の伸びが鈍化していました。金融政策の効果にはタイムラグがあります。昨年のFRBの大幅な金融状況引き締めの遅行効果は、同時に経済と金融状況に大きな影響を与えていました。SVBの一件で明らかになったのは、経済は確かに金利に敏感であり、金融政策状況は確かにタイトであり、よりリスクの高い市場セグメントに影響を与えている、ということでした。
第5に、景気後退リスクが高まる中、この分野に流入する資金が減少することを含め、より広範なプライベート(非公開)デット市場への影響がないと考えるのは無理があります。過去10年、大手銀行の規制が厳しくなり、取引の魅力が低下したため、多くの資金調達が公開市場を離れました。ここ数年、対GDP比で見た非公開のデット市場は飛躍的に伸びており、2016年のGDP比約5%から現在は約10%(約2.5兆ドル)に達しています。その中で、経済と金融市場のつながりははるかに見えにくくなっています。オペレーショナル預金をSVBに預け入れていたベンチャーキャピタル企業は、運転資金を賄えることになりますが、今回の事象はこうした市場に潜んでいる可能性がある他の種類のリスクに関して疑問を提起しています。非公開市場の債務構造のほとんどは、金利ヘッジが限られている変動金利であり、レバレッジ比率が高く、景気循環により敏感な企業が利用する傾向があります。公開金融市場では時価総額の大きい企業が幅を利かせているかもしれませんが、実体経済を左右しているのは、米国の就業者全体の約半数を占め、銀行や非公開市場から借り入れる傾向のある中小企業です。
結論SVBには、今回明らかになった脆弱性につながる独特の特徴がありましたが、SVBの破綻を受けて、週末に政府が信認を回復するための対策を打ち出したにもかかわらず、金融状況は引き締まり、貸出の伸びは鈍化する可能性があります。全般的に銀行は十分な資本を有していますが、利回りが高く、FRBのRRPへのアクセスを備えたマネーファンドと競争しなければならないため、預金の取り付けは依然としてリスクです。そのため、銀行が貸出基準を厳しくせず、貸出の伸びを鈍化させることはないと考えるのは難しくなっています。経済成長とインフレに関して、実質成長率を左右するのは信用の伸びです。
金融状況の引き締まりで信用創造が鈍化しており、いずれインフレの鈍化につながるはずです。つまり、FRBは力仕事をしなくとも同じ結果が得られる、ということです。よって問題は、FRBが3月の会合で0.5%の利上げを実施するのか、0.25%の利上げなのかではありません。むしろ問題は、FRBの利上げサイクルが終わったかどうかです。当然ながら、これは今後数日から数週間に金融状況がどの位の速さで、どの程度引き締まるかにかかっています。(ここ数カ月はわずかに軟化したとはいえ)インフレ率が高く労働市場が堅調なことから、銀行破綻に対する政府当局の対応によって金融安定性リスクが十分に緩和され、来週、FRBが追加利上げを行う可能性がないわけではありません。しかしながら、政策は既に抑制的であり、信用の伸びの鈍化が見込まれ、景気後退の可能性が迫る中で、カエルは既に茹で上がっている可能性があります。
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