多くの景気後退の先にー地域別経済展望
要約
- 新型コロナの感染拡大阻止のため、企業活動は停止し、消費者は自宅にとどまることを余儀なくされているため、今年前半の世界経済は急激に収縮しているとみています。
- しかしながら、これまでに導入された未曾有の財政・金融の刺激策により、外出制限の段階的な緩和が行われれば、今年後半から経済活動が回復する可能性があります。
- それでも、景気はしばらくの間、2019年のピークの水準に達しない可能性があるでしょう。ウイルスの封じ込めが遅れる可能性と、感染拡大の第2波のリスクを踏まえると、下方リスクは引き続存在しています。
世界各国は、新型コロナウイルスによる公衆衛生上の危機に立ち向かう中、前例のない課題に直面しています。政策立案者は、できるだけ多くの人命を救うことに加えて、短期的なウイルスに対する恐怖と長期的な不確実性の中で急激に縮小する企業および消費者の活動に対して、金融政策と財政政策を劇的に拡大することにより、産業、企業、個人を支えようとしています(図1を参照)。こうした異例の政策の効果は地域によって異なります。
ヨアヒム・フェルズとアンドリュー・ボールズが直近の短期経済展望「大打撃からの回復」で論じたとおり、PIMCOでは、世界経済と金融市場は、短期的に激しい痛みを感じる段階から、向こう6カ月から12カ月で徐々に治癒する段階へと移行すると予想しています(図2を参照)。ただし、まだらな回復の可能性でないにしても、途中で大幅に後退し、一部に修復不能な痛手が残るリスクが存在します。
本稿では、これらの見解を踏まえ、各地域のポートフォリオ・コミッティー、投資プロフェショナルの知見を取り入れながら、主要な国・地域の見通しをご説明いたします。
米国:記録的な景気後退と政策対応
新型コロナウイルスの感染拡大を遅らせるために、最低限の社会活動を維持する以外の広範な事業が活動停止を求められ、未曾有のスピードと規模で国内の活動が抑制されているため、米経済は2020年前半、急激な景気後退に陥るとみています。四半期ベース(年換算ではない)でのGDPの山から谷までの縮小幅は約10%に達し、2008年の世界金融危機時の約4%を大幅に上回ると予想しています。しかしながら、いずれ外出制限は緩和され、遅れを伴いながらも金融・財政の刺激策が経済を下支えすることから、景気後退期間は短い可能性があると予想しています。急激な景気後退に加えて、米国では失業率が20%近くに上昇する可能性があり、その後、年末までに6%から7%に緩やかに低下すると予想しています。(詳細については、最新のブログ投稿「米国が直面する景気の谷は深いが、うまくいけば後退期間は短い」をご覧ください。)
今年後半に回復するとの予測は、パンデミックが徐々に収束し、経済活動が再開され、より重要な点として、米国の政策対応が未曾有のスピードと規模になることを前提としています。米連邦準備制度理事会(FRB)は、政策金利をゼロに引き下げ、米国債とモーゲージ担保証券(MBS)の大規模な買い入れを再開することに加え、金融市場のストレスを軽減し、家計や企業への信用供与を維持することを目的とした対策を相次いで打ち出しています。議会も、GDPの6%に相当する、個人や企業向けの直接支援策をはじめ、過去最高の2兆2,000億ドルの刺激策を迅速に可決しました。今後数ヵ月内に、さらなる財政刺激策が可決される見通しです。
政策立案者によるこうした前例のない対策にもかかわらず、PIMCOでは予測に対して明確な下方リスクがあるとみています。第一に、新型コロナウイルスの感染拡大に関する不確実性は依然高いままです。感染の第二波の到来や、経済活動再開の遅れによって、経済の痛みは長引く可能性があります。第二に、政策立案者は悪化する経済状況に迅速に対応してきましたが、経済全体への資金の分配が遅れれば、倒産が相次ぎ長期的な経済の損失につながるリスクが高まるとみています。
カナダ:二重のショックと下方リスク
ティファニー ワイルディング
カナダ経済は二重のショックに襲われているため、2020年前半に急激な景気後退に陥ると予想しています。国内の居住者の健康維持を目的に、必要不可欠でない広範囲な事業が停止されていますが、その影響は既に540万人の雇用に及び、活動が削減されています。またカナダでは、エネルギーセクターが経済に占める割合がGDPの8%と比較的大きく、設備投資の18%を占めているため、エネルギー価格の大幅な下落が、景気後退をさらに悪化させる可能性があります。
四半期ベース(年換算でない)でのGDPの山から谷までの縮小幅は約15%に達し、2008年から2009年の世界金融危機時の約4%を大幅に上回ると予想しています。GDPの5%相当の政府による直接的な移転支出をはじめ、政府や中央銀行による家計や企業への支援策が2020年後半の回復に寄与し、通年での成長率はマイナス8%程度になるとみています。ただ、カナダ経済は、出発点の家計の負債比率が相対的に高いことから、所得の減少にあわせて家計が負債を返済する必要が出てくるため、回復は遅れる可能性があり、下方リスクが大きいとみています。
ユーロ圏:各国間の調整問題のなかで急激かつ大幅な落ち込み
ユーロ圏は、期間は短いものの谷が極めて深い景気後退に陥っているとみられ、2020年通年のGDP成長率は10%近いマイナスになるとみています。GDPは今年前半に約20%(年換算ではない)縮小し、その後、正常化に向かうとみられます。参考までに、2008年から2009年にかけてのユーロ圏の四半期GDPの山から谷までの縮小幅は約6%でした。
2020年後半にはGDPが力強く回復すると予想していますが、低い水準からの出発になるため、年末時点では依然として2019年のピークを約5%下回り、2022年までは新型コロナウイルス前の水準に戻ることはないとみています。正常化に時間がかかる背景として、ロックダウン(都市封鎖)の解除は徐々に進める必要があること、人々の行動の変化やアニマルスピリットの損傷、企業の債務不履行、失業率の上昇(失業率は年末時点で10%を超えると予想)など、危機に伴う痛みが挙げられます。
こうした危機に伴う痛みの一部は、政策対応によって緩和される見込みです。ユーロ圏政府の財政出動は現在、総額でGDPの約2%前後にのぼりますが、最終的にはその3倍になる可能性があるとみています。この他に、GDPの約20%に相当する企業向けの保証や流動性対策があります。ユーロ圏の財政赤字はGDPの10%を超える水準に上昇するとみており、欧州中央銀行(ECB)は政府のバランスシートを引き続き安定させる必要性があります。ECBは今後も必要な対策を実行し、必要に応じて資産買い入れプログラムに追加するとみられます。他方、中央集権化された汎欧州の財政措置は、お馴染みの政治調整の問題を反映し控えめなものになるとみています。
こうしたマクロ経済の見通しには、高い不確実性がつきまといます。ウイルスの封じ込めが遅れる可能性や、感染拡大の第二波の到来のリスク、さらには、危機の第二波の悪影響を受けて回復が遅れる可能性を踏まえると、全体としてリスクは下方に傾いています。
英国:財政と金融の連携
2020年の英国のGDPは8%近く縮小すると予想しています。景気は4月に底をつけた後、5月中旬頃に緩やかな回復に転じるとみています。景気後退の期間は2四半期と短いものの、景気の谷は深く、GDPの山から谷までの縮小幅は16%(年換算ではない)に達し、2008年から2009年の世界金融危機時の3倍近くになると予想しています。影響の長期化により、その後の正常化の歩みは緩慢なものになるとみられ、2021年まではGDPが新型コロナウイルス以前の水準を下回る可能性があります。PIMCOの基本シナリオでは、年末時点の失業率は6%近くになると予想しています。政府の新たな雇用維持政策により、レイオフは若干減ると見込んでいます。一方、短期的なインフレ率は、原油安と需要の減退によるディスインフレ圧力の方が供給の混乱とポンド安による影響を上回るとみられるため、引き続きイングランド銀行の目標を大幅に下回るとみています。
英国の政策対応は迅速かつ調整がとれているため、落ち込みは緩和されてきており、ショックが経済のサプライサイドに長期的な打撃を与えることは抑えられるとみています。英政府は、既に発表されているGDP5%相当の直接的な財政措置に若干追加する見通しで、全体の財政赤字は二桁台の低い数字になるとみられます。これとは別に、GDPの15%に相当する融資の政府保証があります。イングランド銀行は政府のバランスシートの信頼できる後ろ盾であり続けるでしょう。政策金利を0.1%で据え置き、財政赤字の規模に概ね見合った既存の資産買い入れプログラムに加え、適宜、財務省に対する直接融資を実施すると予想しています。マイナス金利とイールドカーブ・コントロールが導入される公算は低いものの、PIMCOとしてはその可能性を排除していません。
日本:金融政策と財政政策の調整
2020年の日本のGDPは3%から4%縮小すると予想しています。景気の底は現在の緊急事態宣言が終了するとみられる5月になるとみています。
2019年第3四半期のGDPの山から予想される谷までの縮小幅は6%とみておりしており、世界金融危機時の2008年から2009年の縮小幅の8%をわずかに下回るとみています。
2020年後半には回復に転じるとみていますが、正常化の歩みは緩慢なものになる見通しです。2021年末までは、GDPが新型コロナウイルス以前の水準に戻る可能性は低いでしょう。日本の緊急事態宣言による制限は欧米ほど厳しくありませんが、その経済的影響は大きく、広範囲にわたるとみられます。消費者行動の変化は、東京オリンピックに向けて日本が高い期待していたインバウンド消費と国内消費に、長期にわたりダメージをもたらすとみられます。
原油安と需給ギャップの悪化によるディスインフレ圧力がみられることから、インフレ率は低水準にとどまるでしょう。一方失業率は、2020年年末までに3%を超える見通しです。
政策面では、日本政府は108兆円という未曾有の規模の刺激策を迅速に打ち出しました。2020年の財政刺激策はGDPの約4%になると予想しています。刺激策の財源確保のために国債を増発するには、金融と財政の調整が必要です。日本銀行の現行のイールドカーブ・コントロールの枠組みは、これにかなり適しているとみています。
景気の先行きについては、リスクは引き続き下方に傾いています。感染拡大のピークがいつになるか不透明であり、第二波が到来する可能性があることを踏まえると、緊急事態宣言は延長されこそすれ、短縮される可能性はないでしょう。ただし、さらなる下方リスクが顕在化した場合は、追加的な財政刺激策がとられると予想しています。
中国:前例のない景気後退、弱い回復
アイザック・メン、スティーブン・チャン
昨年12月に武漢で新型コロナウイルスが確認されたことを受け、中国中央政府は1月23日に湖北省武漢市を封鎖する厳しい措置をとり、全国に社会的距離戦略を導入しました。こうした対策が功を奏し、感染拡大曲線は平坦化しました。現在、国内の感染拡大は概ね抑えられたように見えますが、リスクが解消されたわけではありません。多くの外出制限措置は残ったままで、経済活動はゆっくりと正常化に向かっています。
経済的損失は未曾有の規模にのぼります。9週間に及ぶ都市封鎖で、鉱工業生産とサービスは、パンデミック前の水準から約10%~15%縮小しており、失業率は5%から8%~9%に上昇する可能性があります。中国の景気の谷は2020年第1四半期だったとみられ、世界金融危機時ですら収縮しなかった中国のGDPは、感染拡大前の水準から10%縮小したと推計されます。
これまでの財政刺激策は、GDPの16%にまで増額されています。内訳は5%が財政赤字、6%が特別政府債発行による投資、残りが流動性・信用支援策です。財政インパルスはGDPに4~5%追加される可能性がありますが、その乗数効果は企業支出、家計支出共に弱いとみられます。中国人民銀行は政策金利を30~50ベーシスポイント引き下げ、十分な流動性を維持する一方、人民元の安定を維持する努力を続けると予想しています。
経済活動は、2020年を通してU字型の軌道を描くとみられます。世界的な景気後退は、主に2020年第2四半期と第3四半期の輸出に打撃を与えるでしょう。国内需要は外出制限により引き続き妨げられており、倒産と失業が広がるなか、刺激策の波及効果は弱いとみられます。2020年のGDP成長率は-4%から+2%の幅をもたせたレンジ内になると予想しています。中国としては1976年以来の深刻な景気後退に陥ることになります。景気が2019年第4四半期の水準まで回復するのは、2021年第1四半期になるでしょう。
不確実性が高く、下方リスクが支配的です。感染拡大の波は再発する可能性があり、企業の倒産や失業を元に戻すのは困難をきわめるでしょう。グローバリゼーションと都市化は既に大きく後退しており、貿易、サプライチェーン、労働力の移動、投資フローはいずれも大混乱しています。経済活動が活発な沿岸地域の生産性と雇用創出は、恒久的に損なわれるリスクに瀕しています。
2020年のグローバル経済の見通し、および投資家にとっての意味合いについてのPIMCOの見解は、直近の短期経済展望「大打撃からの回復」をご覧ください。
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