先物取引とは、原資産を現在取り決めた価格で将来のある時点に おいて受渡すことを約束する取引です。これによって、受け渡し時 点での価格を確定することができ、将来の価格変動リスクをヘッジ することが可能になります。類似の取引にフォワード(先渡し)取引 がありますが、先物取引は多くが取引所に上場された取引であるた め、カウンターパーティー・リスク(相対取引において相手方が取引 義務を履行しないリスク)が極小化される一方で、フォワード取引は 個別に当事者間で相対契約される取引であるためカウンターパー ティー・リスクが存在することに留意が必要です。
ここでは、債券及び金利先物取引の仕組みを、特に日本の商品を例 として解説するとともに、先物取引が債券運用の戦略構築において どのように用いられているかを紹介します。
日本では、中期国債先物(3%、5年)、長期国債先物(6%、10年)、 超長期国債先物(3%、20年)、ミニ長期国債先物(6%、10年 ※長 期国債先物の10分の1のサイズ)が大阪取引所(日本取引所グルー プ)に上場、取引されています。ただしこれらは実際に発行されて いる国債そのものではなく、架空の債券を対象とした債券先物であ り「標準物」と呼ばれます。
また、先物取引における受渡し期日を「限月(げんげつ)」と呼び、3 月、6月、9月、12月の限月があります。3月の限月の先物は「3月限 (ぎり)」と呼びます。それぞれの限月の20日が受渡日となります。
債券先物取引について
先物取引の決済方法には、①受渡方式と②差金決済方式があります。
①受渡方式
実際に先物の期日に現物債券を受渡す取引で、それぞれの限月の 先物に対して、受渡しに使うことのできる「受渡適格銘柄」の国債 が指定されています。長期国債先物取引の場合、「残存7年以上11 年未満の10年利付国債」が受渡し銘柄の条件に指定されていま す。適格銘柄となる現物債券は通常複数存在しますが、それらの 価格は必ずしも同一ではないため、それぞれの転換比率(conversion factor)が設定されています。受渡銘柄は債券を受渡す側 ( 先物の売り手)が決めることができますが、そのうち最も売 り手側に有利な条件となる銘柄を「最割安銘柄」ないし「C T D (Cheapest To Deliver)」と呼びます。最割安銘柄とは、すなわ ち、「先物価格×(受渡銘柄の)交換比率-(受渡銘柄の)現物市 場価格」が最大となる銘柄を指します。
②差金決済方式
差金決済は、先物取引と期日までに反対売買を行って、その差益 (損)分のみ決済する方式です。
例えば6月限月の長期国債先物を4月1日に100円で額面1億円分買 い建てた後、仮に5月1日時点でこの国債先物が100円10銭に上昇 していたとすれば、これを売却して決済することで、差益10万円 <(100円10銭-100円)× 1億円÷100=10万円>を得ることができ ます。逆に、先物を売り建てた後、当該先物価格が下落すれば、これ を買い戻して決済することで差益を得ることができます。(同様に、 損失を被ることもあります。)
債券先物の理論価格
債券先物の理論価格は、現物債券保有との裁定収益機会がない状 態という前提に基づくと、以下のように定義することができます。
債券先物価格 = 現物債券価格 -(クーポン収入-資金調達コスト)
例えば、短期金利が年率0.5%、債券クーポンレートが年率2%のと き、現物債券価格100円(額面も100円とする)に対する1年先受渡しの 先物の理論価格は100-100×(0.02-0.005)で98.5円となります。
仮に先物価格が101であれば、投資家は、現時点で先物を売却する 一方、上記短期金利で資金調達をして現物債券を購入すれば、1年 後に2.5円(101-100+2-0.5=2.5)の利益を得ることができます。
逆に、先物価格が97であれば、投資家は現時点で先物を購入し、 現物債券を売却(空売り)して上記短期金利で貸出(運用)すれ ば、1年後にやはり1.5円(100-2+0.5-97=1.5)の利益を得ることができ ます(空売りする場合は別途債券の借入コストがかかります)。
なお、上記式において、「クーポン収入-資金調達コスト」を「キャ リー(carry)コスト」と呼び、現物債券価格と先物価格の差を「ベー シス(basis)」と呼びます。先物の受渡し期日が近づくにつれ、現物 と先物の価格差は収斂するはずですので、ベーシスは最終的にはゼ ロに近づいていくと言えます。
ベーシス=現物価格-先物価格
このベーシスの幅の変化に着目した取引を「ベーシス取引」と言い ます。
仮にある時点におけるベーシスが、投資家が適正と考える水準より も大きく(すなわち現物が先物に比べ割高)、いずれベーシスは適 正水準まで縮小すると考える場合、投資家は現物債券を売却すると 同時に先物を購入するポジションを構築すれば、将来ベーシスが縮 小した場合に利益を得ることができます。反対に、ベーシスが拡大 する(すなわち先物が現物に比べ割高)と考えるとき、現物債券を 購入し先物を売却するポジションを構築すれば、ベーシスが拡大し た場合に利益を得ることができます。
債券運用における先物取引の利用法
(1)現物債券のヘッジ
現物の国債を保有している投資家は、同時に先物を売り建てること で、仮に現物国債の相場が下落した場合に発生する損失をある程 度回避することができます。これを「売りヘッジ」と呼びます。逆に、 「買いヘッジ」とは、今後現物国債の購入を予定している場合、現 時点で先物を買い建てておくことで、現物国債の購入までの相場上 昇に対するヘッジ効果をもたせることができます。
(2)現物債券の代替保有
国債先物を保有することで、同年限の現物国債と同様の金利リスク を取得することができることから、先物は資産運用において現物国 債保有の代替手段として利用することができます。特に、先物は上 記に挙げたような価格下落に対するヘッジ手段としてのニーズが高 く、現物債券に対して割安となることがあるため、先物のほうが現 物債券よりも割安と判断すれば、現物債券の代わりに先物を保有 し、アクティブ運用の超過収益源泉の獲得を狙う戦略をとることが 可能です。
(3)上記以外の投資手法
先物の理論価格およびベーシス取引の項において触れたように、投 資家は、先物実勢価格が理論価格から一時的に乖離しているとみ るとき、現物と先物の売買を組み合わせて(すなわち、割高とみる 方を売却し割安な方を購入して)利益獲得をねらう取引を行うこと ができます。こうした投資収益獲得のための取引には、上記のよう にベーシスの拡大・縮小といった方向性に着目する取引のほか、限 月間スプレッドに着目するものもあります。限月間スプレッド取引とは、 例えば10年国債先物で、3月限月と6月限月といった異なる限月間の先物 の価格差(スプレッド)の方向性に着目した取引です。
更に、先物はその他のデリバティブ同様、レバレッジをかけるための ツールとして利用することもできます。先物取引はあくまで将来の期 日における取引を約束したものであるため、先物取引を行ったとし ても、現時点において決済資金を必要としません。投資家は先物の ポジションに対して通常数%の証拠金を差し入れるのみで取引がで きます。ここで、先物で国債の金利エクスポージャーを取得しなが ら、手元に残った資金を別の現物債券あるいは株式など他の資産に 投資すれば、手元資金の額面以上のエクスポージャーを取得すること、 すなわちレバレッジをかけることが可能になります。
先物取引はレバレッジをかけるためのツールとなりえることから、「投 機的取引」と捉えられることもありますが、適切なリスク管理のもと で利用することにより、ポートフォリオ全体のリスク・リターン特性を 向上させるための重要なツールの一つであると言えます。